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楽譜   演奏会見聞録

07年12月14日

湯浅譲二室内楽演奏会

郡山市美術館で開催中の「Yuasa Joji による湯浅譲二展」で演奏会があるというので出かけてみました。
駅からのバスの便が悪く、たっぷり30分歩いて美術館に着くと、ほとんど最後の入場者でしたが、前から2列目に席が空いていました。3列目は特別席で、湯浅譲二氏とお知り合いとの話がすっかり聞こえておりました。
湯浅氏のレクチャーのあとで演奏があるという構成でした。

・・・・・「内触覚的宇宙」はちょうど50年前にピアノ曲として書いた。その後、同じくピアノのために第2番を、尺八のために第3番、チェロとピアノのために第4番、第5番は大オーケストラのために書き、郡山の盆踊りの旋律を引用した。
「絶対音楽と標題音楽を比較するのは役に立たない神話」だが、自作の絶対音楽「言葉で説明することのできない音楽」には「プロジェクション」と名づけた。プロジェクションはサルトルの「投企」、意識を時間を越えた未来に投射することから、この言葉を用いた。未知のものに賭ける気持ちがもとにある。
内触覚的 Haptic という言葉は、洞窟に居住していた旧石器時代に人間が宇宙を畏怖し祈った、宇宙と一体化する宗教的な感覚をハーバート・リードが言い表したもの。シンメトリーを美の基準とするようになる以前の人間が宇宙を捉える感覚であった。音楽の根源がそこにあるという思いで作曲した。
冷たい空間的な描写で始まりしばらくして人間的な行為としてのメロディーが現れ、やがて宗教的な行事へと発展していく。・・・・・

演奏の前に作曲家自身のこのような言葉を聞けば、曲はそのように始まりそのように展開しそのように終わる。耳になじみのない響きに、アルタミラの洞窟の住人に共感して聞いていました。
ピアノソロの第1番に続く、チェロとピアノのための第4番では、ピアニストはピアノの中に手を差し入れて弦の残響を聞かせ、チェロも駒に近いところを擦って野生動物の声を真似る、当時の新しい奏法が取り入れられていた。

・・・・・(弦楽トリオのためのプロジェクション)この曲では、音響が運動する、ことをめざした。
チェロ・ヴィオラ・ヴァイオリンの三重奏は古典から続く形式だが、ソナタ形式で書くことは現代では無意味と考えた。後半には弦楽の音が現れる。無常観で最後まで作られているのではなく、人間の声が最後に出てくるが、意識していたわけではない。・・・・・

こういう音楽にとって即興性ってなんだろう。聴きなれない曲だから即興性が感じられないというわけではないようだ。絶対音楽なのにシナリオに支配されてしまい、演奏家の自由を許さないということか、それとも単に技量?

・・・・・(オン・ザ・キーボード)音楽はこうでならないということはない。その人の世界(生い立ち・経験・知・・コスモロジーとも)が反映する。音楽だけ勉強すればよいというものではない。
音楽は音であり、音響現象、音響エネルギーの時間的推移である。音響運動のイメージがこの曲を生んだ。
1960年代の終わりから1972年当時のコンサートホールでは、弦に指を触れることでピアノが傷むからと内部奏法を拒否されていた。それに対する抗議でもあり、作曲を委嘱した高橋アキに対する挑戦でもあった。
最後にショパンの「雨だれ」の音形が現れるのは、ショパンと松平頼暁氏へのオマージュである。・・・・・

ひじうち、同一音や隣音の連打といったスポーツの楽しさが、高橋アキであれば生き生きと演奏してくれるのに、という思いで聴いていた。

・・・・・(芭蕉の俳句による印象風景)ヴァイオリン堀米ゆず子とピアノ児玉桃のために静岡音楽館の委嘱で書いた。演奏家として大家である存在のためということもあり標題音楽を書いた。4曲の構成を考えたが3曲で初演、今夜も3曲で。4曲目は構想としてある。
ほろほろと山吹散るか滝の音
夏草や兵どもが夢のあと
菊の香や奈良にはふるき佛達
櫓の声波ヲ打つて腸凍ル夜や涙・・・・・

「菊の香や」でのピアノ内部の弦を抑えて大型の琴のような響きを出していたのが印象的だった。

アンコールはなんとモーツァルト! ト短調ピアノ四重奏曲 K.478 のアンダンテ。4人の演奏者の楽器構成からこの曲になったという。
「音響エネルギーの時間的推移」ということにかけてはモーツァルトも言葉どおりの同じ作業を行っていたわけで、どう推移するのかは、時代の、生きていた世界の違いというほかはない。モーツァルトは宇宙をどう感じていただろう。夜空を見上げて神に祈ることもあったのだろうけど。それにしても人の世はこんなにも移ろってしまったのだ。近代のはじめに天上の音楽を紡いでいたモーツァルト、いまの時代に原初の、音が文化となる以前の世界を投影する、幸せがどちらにあるにしても、わたしたちは生きている。

湯浅譲二室内楽演奏会
2007年12月14日金曜日18時開演
郡山市立美術館ロビー

ピアノ:佐々木京子
ヴァイオリン:山崎貴子
チェロ:富永佐恵子
ヴィオラ:佐藤佳子

内触覚的宇宙 Cosmos Haptic
内触覚的宇宙第四番 Cosmos Haptic IV
弦楽トリオのためのプロジェクション Projection for String Trio
オン・ザーキーボード On the Keyboard
芭蕉の俳句による印象風景 Imaginary Landscape by Basho's Haiku