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楽譜   演奏会見聞録

05年5月18日

ウィーン八重奏団

ヴァイオリンのヒンクとクラリネットのシュミードルの名前をパンフレットに見つけた。ボスコフスキー兄弟を中心にデッカ・レコードに録音していて、うちにもクラリネット五重奏のレコードがあったりするその団体だった。期待がふくらんだ。


おととしの郡山でのウィーン室内合奏団が若手中心で、水際立った演奏に集中を切らすことができなかったのを思い出して、今夜は落ち着いたおっとりした演奏を聴かせてくれるのだろうと、リラックスして会場に入った。


最初の曲はプリンツ作曲「ヒロシマに捧げる哀悼の音楽」。
ヴィオラの悲しい歌で始まる浮遊感のあるメロディー。ハイドンの揺るぎなさと、翔んでしまったウェーベルンのへだたりのまん中より右より、調性からの自由さでいうとフランス印象派と同じぐらい。支点を見ながら漂っている凧になったようだ。気持ちを軽くさせてくれる。

少ない音の数でくっきり聞こえるひびきにベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲を連想した。
混沌、決意、いくつかの挿話、あこがれ、建設への意志。ソヴィエト音楽のモダンな元気よさを経てコントラバスのオスティナートで静かに終わる。


アルフレート・プリンツを知っていますか。ウィーン・フィルハーモニーの主席クラリネット奏者として、また、室内楽の奏者として、モーツァルトのクラリネット五重奏曲やクラリネット協奏曲、そのほか数多くの録音を残しています。
ウィーンのクラリネットというと、ゆっくりとしたテンポで、こちらの気持ちに寄り添ってきてしんみりすることが多いのです。プリンツはといえば、ふくらみのある音は先輩たちと同じなのですが、風が林の中を抜けるときのように、音楽の組み立てが見通しよくあらわれて、作曲家の体の骨組みが見えてくるときがあるのです。


ウィーンという街は、そこ以外にはない懐かしさと親密さを感じさせますが、何といっても帝国の首都としての歴史をもつ大都会です。ハイドンやベートーヴェンもウィーンの誇りですが、ベルクやウェーベルンもまた、いまのウィーンの心の支えだということができそうです。
オーソン・ウェルズの「第三の男」は占領下のウィーンが舞台でしたが、プリンツさんも敗戦国の少年として、物思う時期があったのでしょう。ヒロシマと同じ島に住み、朝鮮戦争を対岸の紛争としていた時代に生まれたものとして、共有できるものがある音楽でした。

メンバーの多くはお歳を召されていますが、ウィーンフィルの現役奏者たち、感覚はいまの時代そのものです。プロの仕事に脱帽です。


2曲目はピアニストを伴ってのシューベルト「鱒」。
作曲家の意図を推し量ってピアニストがいろいろ細工を施して、広いコンサートホール向けの大きな音楽を作ろうとするが、シューベルトの音楽は淡々と流れて、その中から作曲家の心、秘めた熱い思いが自ずとにじみ出るという風情。
ウィーンの演奏家たちはその仕組みを重々承知で、あの街の人たちの生活に密着した、歩きのリズム、踊りのリズム、会話のリズムをにおわせてくれる。
ちょっと違った考えのピアノがいても、引き立てるだけでなく、最高の音楽ができるようにステージを用意してあげて、だからといってかげにまわるのでもなく、自分たちの音楽を自然に表現してしまう。音楽を一緒にやるというのはこういうことなんだ。

第5楽章のジプシーダンスのメロディーは、起ち上がって踊り出したくなるような、わくわくする弦の響きで、夢見ごこちにさせてくれた。ウィーンでは、みんなこんな風に踊るんだぞ、と言われているようだった。気持ちが浮き立つが、けっして品を失わない。「山猫」のバート・ランカスターのダンスを思い出した。
大好きな曲で、しかも、コンサートで聞いたのはたぶんはじめて、うれしくてたまらなかった。


休憩後の第2部はウィンナワルツの特集。
もう何も言うことはない。
オーケストラで演奏されるのと響きの質は同じでも、それぞれの演奏者の個性が自発的に現れていて、表現の幅はオーケストラよりもずっと大きいように思った。
アンコールは2曲。「チャールダッシュの女王」「浮気心」。


ウィーン八重奏団&田部京子
2005年5月18日水曜日 午後6時30分開演
福島市音楽堂大ホール


プリンツ「ヒロシマに捧げる哀悼の音楽」Trauermusik for Hiroshima
I Largo(遅く) II Sehrgetragen(とても重々しく) III Allegro deciso - Pray for peace(はっきりと快速に - 平和への祈り)
シューべルト ピアノ五重奏曲イ長調 D.667「ます」
ピアノ=田部京子
ヨハン・シュトラウス&ヨーゼフ・シュトラウス
ピツィカート・ポルカ
ヨハン・シュトラウス
ワルツ「春の声」
アンネン・ポルカ
ワルツ「ウィーン気質」
ポルカシュネル「トリッチ・トラッチ」


第1ヴァイオリン ウェルナー・ヒンク Werner Hink
第2ヴァイオリン フーベルト・クロイザマー Hubert Kroisamer
ヴィオラ ハンス・ペーター・オクセンホファー Hans Peter Ochsenhofer
チェロ フリッツ・ドレシャル Fritz Dolezal
コントラバス ミラン・ザガット Milan Sagat
クラリネット ペーター・シュミードル Peter Schmidl
ホルン ロナルド・ヤネシッツ Ronald Janezic
ファゴット シュテパン・トゥルノフスキー Stepan Turnovsky