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楽譜   演奏会見聞録

03年6月15日

戸田弥生ヴァイオリンリサイタル

無伴奏バイオリンといえばバッハ、パルティータ第2番のシャコンヌ。でもコンサートで聴く機会はあまりない。去年の彼女のコンサートではエネスコの曲でたっぷりした音を響かせていたので、楽しみに聴きに出かけた。

今日は土湯温泉手前のアンナガーデン、一昨年の音楽祭で2日にわたって戸田弥生がバッハ無伴奏バイオリンソナタ・パルティータ全曲を演奏したが、残念ながら聴きに来なかった時の会場の聖アンナ教会の前で、結婚式を終えたご両人が赤いオープンカーで出発というのに出くわして、思わず気恥ずかしくなってしまった。恥ずかしいのはあちらのはずなのに。教会の方が絶対いい会場だと思いながら会場のセントヒルズ・デルソルという名の宴会場に向かう。

コンサートが始まって1曲目のソナタ第2番、第2楽章までは音程も響きも安定せず、浮ついたような感じに聞こえたが、こちら、聞く方の耳が場になじんでいなかっただけかもしれない。第3楽章、大きく吸っては吐くような音符の息づかいが感じられるようになって、やっと音楽に入っていけるようになった。会場が狭いこともあり、互いの息をはかるような関係ができた。いい雰囲気だ。

海に渦ができ、ひとしきり舞い上がっては沈み、近くに別の渦が舞い上がるという景色を夢想した。前にも見たことがあるバッハの風景だ。

パルティータ第3番のプレリュードはとてつもなく速く感じられた。こんなに速く弾ける技巧を持っているんだ。旋律に入るときに速めのスピードで、スピードを緩めながら音量をふくらませ、はしょりながら音量を絞っていき、そこから次の旋律が流れはじめるという、太い毛糸の編み物のようなゆったりした音の紡ぎ方をしているんだと、緩除楽章で思いつき、音量の増減、リズムの緩急に呼吸を合わせていくと、身体全体に快感が満ちてくる。

気がつくと音がでかい。ストラディバリウスだからか、会場が食事をするところでタイルが響くからか。自宅でこんな音量でステレオを鳴らすことはできない。音量のおかげで集中できるし、夢を見ることもできる。

休憩後のパルティータ第2番は前にも増してバイオリンの響きの集中力が強まり、旋律のふくらみや響きの豊かさで満腹になった。最後の名曲シャコンヌも組曲の他の曲と一緒に1枚の大きな絵になっている。レコードを聴いて勉強しているだけではわからないものがあると実感した。

ふだん離れて見ているゴブラン織りに近寄って一刺し一刺しの職人の呼吸を感じ取るようなそんなバッハならではのコンサートだった。NHKテレビで8月と9月に放送の予定があって収録していたが、テレビで見たときにもう一度離れて全体を見てみよう。

輝きのある音で、旋律をふくらませる、大きく豊かな音楽。でも、こんなに豊かでないとならないのか。飽食という言葉を思いつく。ゴブラン織りでなく、ござの編み方、均質な、細いけれども一本一本が強い繊維を淡々と編み上げていくというのに憧れている自分に気がついた。そういえば今日のバイオリンからは、中身に強い芯を感じさせる消え入りそうな弱音は出ていなかったようだ。

今日は豊かに腹いっぱいバッハを聴いた。当分この曲は聴かなくてもいい。思い出したら、シギスヴァルト・クイケンのバロック・バイオリンが小さな音で綾なすごとく響かせていたLPを久しぶりに出して聞いてみよう。


6月15日(日)16時開演
アンナガーデン・デルソル(2003ふくしま国際音楽祭)
戸田弥生ヴァイオリンリサイタル
■ バッハ :
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番イ短調
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調