小倉寺村ロゴ


楽譜   演奏会見聞録

07年5月26日

テレム・カルテット

「ロシア民族楽器」以外に何の予備知識も持たずに出かけたコンサートでした。案内のチラシで曲名を見て、ポピュラーな選曲を楽しみに出かけました。

 出演者の4人は大小のバラライカとアコーディオンを持って現れましたが、第2部の始めに日本語の堪能なロシア人?女性から説明があり、後で調べたことも加えると、こうなります。

 ロシアの楽器で古くからあるのは丸い胴の「ドムラ」、マンドリンに似た楽器である。ロシアにキリスト教が入ると、民俗音楽、民俗楽器は異教の儀式に使われていたとして迫害を受けるようになり、1648年皇帝アレクセイの勅令により、リュート、ドムラ、フルート、口笛などの楽器、マスク(「お面」のことでしょうか?)は悪魔的だとして焼却され、演奏家は追放された。
 18世紀になると農民達は楽器を作り始め、そこで初めてバラライカが誕生する。丸い胴の製作は技巧を要するため、三角の部材で作られるようになったのが現在の形のもととなったと言われている。
 バヤンはアコーディオンに似ているが、両手でボタン式の鍵盤を弾き、あごでもボタン操作を行う。

 カルテットの構成は、ソプラノのドムラとアルト(テノール)のドムラがそれぞれひとり。コントラバスのバラライカがひとり。バヤンがひとり。
 興味をひかれたのは、コントラバス・バラライカです。三角の一辺が1メートルぐらいあり、三角を斜めにして床に近い角から伸びた支持棒を床にさして、立って演奏します。ジャズのベース奏者が立っている姿でベースが三角形だといえばわかるでしょうか。臙脂(えんじ)色というのか、いい色をしていて、角のない柔らかな音で、音程が目に見えるようによく響く楽器でした。一目見て欲しくなりましたが、なんでもロシア革命の戦禍をくぐり抜けた楽器だそうで、ちょっと簡単には手に入りそうにありません。

 クラシックでいえばピアノ四重奏のような構成でそれぞれが技量を発揮、アンサンブルも息があっています。バッハやショパンの編曲も原曲の香りを感じさせて、ロシアはヨーロッパなのだと納得させてくれます。文学、音楽、バレエと当時の世界の中心、パリに対抗するかのように文化が花開いた歴史があります。そしてロシア・アヴァンギャルドから、ソヴィエト芸術。
 メンバーはレニングラードやスターリングラード周辺の生まれで、現在も拠点をサンクトペテルブルクにおいています。つまり、ロシア西部の中心都市を地盤に世界的に活躍している合奏団というわけです。民俗音楽というより、民俗楽器を使う洗練された都市の音楽です。

 5曲目の「ラ・クンパルシータ」から、タンゴ、ラテンの曲が続きます。リズムといい、音の響きといい、このアンサンブルにとてもよく合っていました。バヤンがアコーディオン、バンドネオンと同族だからかとも思いましたが、どうもそれだけでもなさそうな。ラテン音楽が世界中の人に好かれているということでしょう。

 後半最初の「フェリーニとの散歩」は、40年前のイタリアへのいざないです。ドムラがマンドリン、バヤンがアコーディオン、ジンタの世界です。「甘い生活」「8 1/2」「フェリーニのローマ」「アマルコルド」。サーカスが街にやってくる時代への郷愁や、すっかり霧に包まれてしまった懐かしい風景への憧憬で甘酸っぱい気持ちになりそうなところです。テレム・カルテットは一歩手前で踏みとどまり、情に溺れず、衆におもねず、求めるものの高さを示していたようです。猥雑でにぎにぎしいフェリーニの世界も好きですが、精緻な響きと堅牢な構成で演奏されるイタリアの旋律も面白いと思いました。

 ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」は、60年代に当時のソヴィエトで「ウ・シーネバ・モーリャ(青い海)」という題名でヒットしたそうです。4つの楽器による精密な合奏曲となって、表情がまるで違っていました。聞こえてくるのはたしかにあのメロディーなのですが、音楽の方向というか、志というか、拠って立つ場所が違うようです。この国のテレビの音楽番組は、おしゃべりばかりの司会者や「アーティスト」と呼ばれる歌手たち、創造のかけらも感じられません。世の中のありようが反映するのでしょうか、思い上がったテレビはうんざりです。テレビを捨ててコンサートホールに! もっと、もっと、音楽を。


テレム・カルテット
2007年5月26日土曜日14時開演
福島市音楽堂大ホール

TEREM-QUARTET
Andrey Konstantinov (Soprano domra)
Mikhail Dziudze (Doublebass balalaika)
Alexei Barchtchev (Domra alto)
Andrey Smirnov (Bayan accordion)

第1部
1. バッハ作のニ短調のトッカータとフーガの主題によるロシアの情熱(テレム・カルテット)
2. 白鳥の女王(リムスキー・コルサコフ/テレム・カルテット)
3. バッハのいたずら(テレム・カルテット)
4. ノクターン(F・ショパン)
5. ラ・クンパルシータ(マートス・ロドリゲス)
6. ベサメ・ムーチョ(K・ベラスケス)
7. Oblivion(A・ピアソラ)
8. Libertango(A・ピアソラ)
第2部
10-12. 『四季』より「暖炉にて」(1月)、「舟歌」(6月)、「トロイカに乗って」(11月)(P・チャイコフスキー)
13. フェリーニとの散歩(ニーノ・ロータ/テレム・カルテット)
14. 恋のバカンス(宮川泰)
15. ジプシー幻想曲(ツィガノーチカ)(A・ツィガンコフ)
16. 2つのキャラクターダンスの主題による組曲(テレム・カルテット)