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楽譜   演奏会見聞録

17年12月17日

新ダヴィッド同盟

シューマンの幻想小曲集作品73が最初の曲です。チェロとピアノの二重奏です。
くぐもったピアノ、くぐもったチェロ。古都の霧の中で心の中の熾火のような温もりが自由に外へ飛んでいく。いや、作曲家のつもりはそうだったでしょうが、200年を隔てて見るとずいぶん窮屈なところのようにも、と言ったところで、お前もだろうと自分に帰るものがあります。「夕べの音楽」というのがこの曲集の標題だと解説にありました。
2曲めはこの人のピアノ曲によくあるような軽やかな日向の音楽、「子供の情景」にもでてきそうな乳白色の午後の焦点をぼかした風景のような。ころがるピアノの音が珠(たま)のようでひとつひとつの粒に重さがたしかにある。大きく息をするチェロと、交わす呼吸は睦言のようにも。
3曲めは熱がこもって、といっても、燃え上がるのではなく竃のなかの熾火。作曲家の頭のなかのひろがる幻想。

コダーイの間奏曲。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽三重奏です。
おとぎ話、懐かしいような歌が聞こえます。チェロのピチカートにのせて、ほのぼのとしたヴァイオリンの歌ではじまりますが、綾が混んできて、よれが複雑になって、気がつくと調性がたしかでないような、いまどこにいるのかと迷子になっていました。でもなつかしさとかわいらしさは変わらない。

シューマンのおとぎの絵本作品113。ヴィオラとピアノの二重奏です。ヴィオラの磯村氏はピアノの前に立ちました。
一曲めはロマンティックで悲しい歌。チャイコフスキーみたいですが、重心が低い感じはシューマンなのでしょう。重量というより重心です。
二曲めはなにかの始まりのような、ファンファーレかしら。
直線的ではなくためらってでもいるように時間が揺れます。歯にものがはさまったような、もうひとつ抜けきれないような、そんな感じはヴィオラという楽器のせいでしょうか、それとも人柄? どこか遠い国で行われている祝宴のような響きでした。
三曲め、ピアノは決然と、ヴィオラの音が酔うようにうねります。韜晦、めくらまし、などという言葉を思い出しました。白髪のせいでしょうか、年寄りの踊りのステップ、バート・ランカスターの老いた領主、などと勝手な妄想をしていました。
四曲めは子守唄でしょうか。おだやかで沈んだ曲調です。ピアノが主になるとヴィオラが渋さを発揮します。バッハやモーツァルトに出てくるオブリガード、こういうところで老練さが染み出すということでしょうか。ヴィオラは老いたピエロ。
当初のプログラムと曲順が変更されてこの曲が前半の最後になりました。むべなるかな。

演奏者が入場してくるときにお香のようでした。控室で焚いていたのでしょうか。浪漫の香りというより、薄緑のような心を鎮める香り。
ブラームスのピアノ四重奏曲第2番イ長調作品26、作曲者二十代の作品ということです。
遠くのなつかしい響きがピアノから、チェロ、ヴァイオリンとヴィオラと歌い継ぎます。
ピアノから重い響きが聞こえると苦しいような表情も加わります。このピアノが、いつも思うのですがこの人のピアノは激しいとか、硬いとかいうのではなく、比重が重いのです。鉄の玉が転がってくるときにごろんごろんと音を立てるような。力感が独特なんです。ほかでこういうピアノの音を聴いたことはありません。いや、だいぶ昔のことで記憶も遠くなっていますが、スヴィヤトスラフ・リヒテルを聴いたことがあって、暗いステージの奥の方から聞こえてきた響きがやはりごろんごろんと聞こえたような。
ピアノの響きが支配するなかでふわっとヴィオラの音が立つときがあって、快感! いい音だなあ。
いつの間にか力が入っていて疲れてきたかと気が抜けるころ、最初のなつかしい響きがピアノに出てほっとしました。
第二楽章はポコ・アダージオ。優しい弦に付き添われたピアノの静かな旋律。まもなく底から黒いものがぶわーぶわーと漂うようにチェロがうろつき出して、もやもやのなかにそのまま潜っていたいような。沈黙を破ってこみ上げるピアノ。清らかな旋律が弦に出て、それにピアノが加わると神が人間に姿を変えるような。人間の悩みかしら、連綿と淀んでいくのは。清らかな終わり。
第三楽章、ポコ・アレグロ。三拍子でもワルツというよりスケルツォじゃないの、この諧謔は。リズムの勢いを生かした音楽。でもピアノははしゃがない。韜晦、しつこく繰り返すのはなにか企みがあるんじゃないのか、人間はこんなものか、とでも。
第四楽章、明るく快活、アレグロの終曲。たっぷりのピアノ、響きは全開。音がひろがり閉じる、その音のひとつひとつに人間の全てがこめられるような。ピアノが焚きつけ、弦が燃える。ヴァイオリンにあらわれるリズムはハンガリー風なのかしら。騎馬というかギャロップというか。狂詩曲のように跳ね、たゆたう。ピアノの跳ねるリズムとヴィオラとチェロのピツィカートの、その上を風のようにヴァイオリン。ピアノから断固とした意思が示され、あとは白熱。頭は灰、手なんか叩けるものか。

アンコールはシューマンのピアノ四重奏曲変ホ長調作品47第三楽章。ヴァイオリンに悲歌、チェロが引き取ってたっぷり鳴って、ヴァイオリンとヴィオラが寄せてくる。川の流れのようなピアノ、途中からさやかな旋律、希望かしら。しあわせの夜、星のささやき、ヴィオラのやさしい響き。

開演前からちょっと興奮しておりました。開催を知るのが遅かったせいで残り数枚という切符を買いました。映像収録用の機材の場所に籐椅子を置いた席です。ピアニストの顔を正面から見る位置でした。
とってもしあわせな演奏会で、次回もまた来ずばなるまい。前回は三年前だそうな。三年後かしら。

2017年12月17日日曜日16時開演
水戸芸術館コンサートホールATM
水戸芸術館・専属楽団 新ダヴィッド同盟第5回演奏会

新ダヴィッド同盟
ヴァイオリン 庄司紗矢香
ヴィオラ 磯村和英
チェロ 石坂団十郎
ピアノ 小菅優

シューマン:幻想小曲集作品73
コダーイ:間奏曲
シューマン:おとぎの絵本作品113
ブラームス:ピアノ四重奏曲第2番イ長調作品26