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楽譜   演奏会見聞録

09年2月11日

ベルリン放送交響楽団

ベルリンのオーケストラの音が、よどんだ暗いところから押し出されるように迫ってきたのを数十年ぶりに思い出しました。
クラシックを初めて聴いたころはレコードの全盛期でした。主流といわれたのはドイツ、それもベルリンのオーケストラでした。カラヤンだったか、フルトヴェングラーだったか、思い出せませんが、レコードプレーヤーの向こうから聞こえてきたのは、風圧の強い、重心の低い、厚い音でした。バーンスタインのニューヨーク・フィルや、ノイマンのチェコ・フィル、ミュンシュのパリ管弦楽団はそれぞれの色合いで耳に心地よかったのに、ベルリンのオーケストラの響きは楽しみとは無縁なものと感じていたようです。
ベルリン放送交響楽団の「エグモント」の冒頭の一音で思い出したのはそんなことでした。低音域の強い主張と、押さえたテンポの微妙な揺れが音楽を支配し、不気味な感じさえしました。
16世紀のブリュッセル、旧教国スペインの統治下、新教派の市民を擁護したフランドルのエグモント伯が投獄され、絞首刑を言い渡される。処刑阻止を市民に呼びかけた恋人クレールヒェンは絶望から自殺、エグモント伯は運命を嘆くが、自由の女神として夢に現れたクレールヒェンがネーデルランドの独立を予言し、勇気に満ちて処刑台に向かう・・・
悲壮感に圧倒される演奏でした。曲の最後は輝かしい行進曲とされているようですが、低音の響きが終始強調されたためか、喜ばしい終わりには感じられませんでした。「おれもいま名誉に溢れる死に向かって、この地下牢から歩いていこう。おれは自由のために死ぬのだ、自由のためにおれは生き、かつ戦ってきた、そして自分をいま受難のうちに犠牲とするのだ。」というエグモント伯の台詞に何を見るか、ということでしょうか。

ソリストが登場、舞台が明るくなったような気がして、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲です。
ティンパニの軽い音から木管が優しい旋律をはじめるこの曲は、穏やかで、夢見るようなところもあって幸せな気分にしてくれるのですが、この日も例外ではありませんでした。
独奏ヴァイオリンの出だしから、響きの良さに魅了されました。音が輝いていました。表面の光沢というより、磨かれた木の地肌からしみ出してくるような光沢といえばいいでしょうか。「ストラディヴァリウスをダイヤモンドだとするとこちらはサファイアだ。暗めだが気品は劣らない」(樫本大進・ブラームスのヴァイオリン協奏曲のEU盤CDリーフレットから)名工ガルネリの祖父アンドレア・ガルネリ製作の楽器のせいだけではないようです。
音の美しさだけではありません。あらかじめ引かれた設計図をかたちにしていくような安定感です。
第1楽章のカデンツァでは舞台に根を張って枝を茂らせていくような余裕、弦のピツィカートに乗った優しい響き。
第2楽章のホルンに導かれて歌い始め、木管と強調をはじめるところでは、ヴァイオリンの歌に呼応するように楽団の奏者たちも自身を際だたせはじめていました。木管の暖かさがこのオーケストラの特徴でしょうか。
ヴァイオリンの安定感は終始変わらず、中音の豊かさ、けしてヒステリックにならない優しい高音がくりひろげられます。このわかりやすさを構成力というのでしょうか。
アンコールは、バッハのパルティータ第2番サラバンド。
くぐもった、親しみを感じる音から、明るい音へと広がっていく。ゆっくりとした呼吸が胸を開いていく、さわやかでぬくもりに満ちたバッハ。CD録音は予定されていないのかな。

さて、ブラームスです。
ティンパニがドーン、ドーン、ドーン、これに乗って、弦が絞ったように悲痛な表情を見せて音楽が始まります。楽団によってはトーン、トーン、トーン、いくぶん軽めに聞こえるときもあります。
ベートーヴェンの偉大な9曲を超える交響曲をめざしたブラームスが、思案を重ねてたどり着いた序奏です。
ところが・・・、ヤノフスキさんのテンポは、ドンドンドン。弦はあらん限りの力で吠えるようです。
綾織りのような音色の交錯、思索へ導いてくれる緻密な形式の構成、この曲に期待するものがこの演奏にはないのだと気がつくまで、それほど時間はかかりませんでした。唖然としました。頭をよぎった言葉が「進め! 火の玉ボーイ!」。
2楽章のヴァイオリンのあこがれに満ちた独奏は、ほかの楽器の中でおぼれるように頭をのぞかせるだけ。4楽章、歓喜の瞬間が訪れる直前のティンパニの一閃は、流れの中に埋没していました。まるでサーカスのようにいそがしく音が出入りして、フィナーレ近くには、もっと速く、もっと速くと指揮者があおり立てていました。「暴走列車」です。演奏時間は40分。
聴衆の大拍手に答えて、アンコールはブラームス第3交響曲の3楽章ポコ・アレグレット。

彼はなぜ急いだのでしょうか。わかりません。強く低音を響かせ、テンポをあおったときに、このホールは美しく響いてくれないことは確かなことのようです。悪夢のようでした。
早く忘れてザンデルリンクやスイトナーのブラームスを聴こう、心のゆらぎを一番大事にしていたブラームスの夕陽のようなぬくもりを味わおう、そう思ったのでした。

ベルリン放送交響楽団
福島市音楽堂大ホール
2009年2月11日水曜日14時開演

指揮 マレク・ヤノフスキ
ヴァイオリン 樫本大進

プログラム
べートーヴェン: 「エグモント」序曲 Op.84
ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.61
ブラームス: 交響曲第1番ハ短調 Op.68