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楽譜   演奏会見聞録

16年5月14日

向山良作

なめっとした黒色の広い面、そんな水面の記憶がよみがえる。少年のころはぼんやり眺めるのが好きだった。ヨットの帆の先に陽が覗いて一瞬の閃光、映画にあるような。風が吹いてきて、この舟は海の上にいるんだ。第一曲は「小舟にて」。ドビュッシーの音には眼の前で演奏されないと見えない景色があるみたいだ。嬉しくてたまらない幼児たち、風に漂う蝶々に見とれて視線がゆらゆら。すぐに飽きてまた背伸びをしたり跳ねたり。
第二曲「行列」。裾がひらめいて爪先立ちして二、三歩踏み出して。ワルツのリズム、見られていることをいつか忘れて自分に入っていく。
第三曲「メヌエット」。アン、ドゥ、トロア。かかとを上げてピンと足を伸ばして。
気がついたら二人になっている。影が現し身になったみたい。足並み手並み揃った二人。第四曲「バレエ」。
ドビュッシーの「小組曲」。ピアノ連弾で聴くのは初めて。オーケストラで聴くのとだいぶ印象が違って初めて聴く曲のよう。楽しかった。

次のラヴェルもピアノ連弾。「マ・メール・ロワ」。マザー・グース、物語のあらすじを話してくれて、遠耳でよく聞こえなかったけれどもそんな話があったっけというぐらいにはわかった。
「眠れる森の美女のパヴァーヌ」、紗幕の向こうで夢を見ているのかしら、寝息が揺れているような。「親指小僧」(森に捨てられるこびとが目じるしに撒いたパンくずが鳥に食べられてしまって…)霧の中の細い道、心もとない足どり、不屈の意志、森の闇は濃い。「パゴダの女王レドロネット」、極彩色の光の織物が振れている、踊っている? まばゆく揺れるのは髪かざりかな。「美女と野獣の対話」、好きでたまらないのにやっぱり喉がゴロゴロ鳴って、ぼくって猜疑心が強いのかしら、でも好きだよ、とか。「妖精の園」、妖精は真実の象徴? まっすぐで正大で、あのワーグナーのうす汚れたヴァルハラの神殿がこんなところならいいのに、天国とも違う、もっと身近なもの。

チェリストが登場、ピアノとの二重奏。ヤナーチェク「おとぎ話」。
有機というか幽鬼というか万物に神が宿るというのはどこかの国粋主義だけではないみたいだ。音霊、うごめく有機物質。音の積み重ねをそれまでにないものにするというのは文章を考えるようなものなのかしら。光量がない音楽というのがあるんだ。いぶし銀? ブラック・ホール?

ヴァイオリニストも登場、ブラームス。ずっとむかしのことだけれど青春と呼ばれる時期があった、そんなことを思わせるような、ああなつかしい旋律だよう。作曲家21歳、いま青春にある自分とそれをずっと遠くから眺めている自分と、内にふたつを抱えていたんだ。進行方向に背を向けて後ろ向きに歩いていた?
チェロは嫋嫋、柳の枝。何かを怺えているんだろうか、内に秘めたものがある。ヴァイオリンは冱え冱え、竹の林。
敬虔、心が洗われるよう。誰も見せつけるようなことはしない。作曲家への敬意、共感。
スケルツォではピアニストの低声部がバネになってコシがあってブラームスにぴったり。
アダージョでは、おい何かわかるふりをしていないか、ひとつひとつ順に考えているか、と問いかけて、素直にさせてくれる。真情。気負わず衒わず、いいピアニストだなあ。
外に出る熱情というのではなく、芯でじっと赧くなっている、燠火のよう。

5月14日土曜日14時開演
郡山市勤労青少年ホーム多目的ホール
向山良作・榊原彩&フレンズ 帰国記念コンサート パリの仲間たち

ピアノ 向山良作
チェロ 榊原彩
ピアノ 小林寛
ヴァイオリン 山崎英恵

ドビュッシー ピアノ4手のための「小組曲」
 小舟にて 行列 メヌエット バレエ
ラヴェル ピアノ4手のための「マ・メール・ロワ」
 眠れる森の美女のパヴァーヌ 親指小僧 パゴダの女王レドロネット 美女と野獣の対話 妖精の園
ヤナーチェク チェロとピアノのための「おとぎ話」
 1 コンモート - アンダンテ 2 コンモート - アダージョ 3 アレグロ
ブラームス ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8
 1 アレグロ・コン・ブリオ 2 スケルツォ、アレグロ・モルト 3 アダージョ 4 アレグロ