小倉寺村ロゴ


楽譜   演奏会見聞録

13年9月19日

杜の弦楽四重奏団

原子力発電所の爆発からこのかたの気負った生活に慣れたのか、気が晴れたのか、出かけることが苦にならなくなってきて、弦楽四重奏の情報は旱天の慈雨、知った次の日には整理券をもらいに出かけました。
六月にはシュニトケ、グバイドゥーリナ、シベリウスという当地では信じられないような選曲でモルゴーア・クァルテットの公演があったのに、せわしさにかまけて(負けて)残念なことをしてしまいました。
さて、本拠が仙台でこの名前になっていますが、当地でもすっかりおなじみの杜の弦楽四重奏団、シューベルト、モーツァルト、ベートーヴェンという王道のプログラムでの登場です。

シューベルト。とまどうような序奏はさまよう青春でしょうか。遠くあこがれるようなヴァイオリンの歌がきこえても、運命がのみ込むようなチェロの深い響き。それぞれの楽器に気持ちを寄せても四つの音の組み合わせで何をしたいのかはよく見えない。歯がゆい感じは自分の若いころをながめるようです。でも、ロマン派の夜にようこそ、待っていたよ、と言われたようでした。

モーツァルト。「不協和音」の冒頭アダージョの混沌に日の出の空を思い出していた。青が明るくなり、灰色の雲が白くなり、縁が赤くなり、ゆらゆらと朱色の太陽が。この情景をハイドンに見せたかったんじゃないかと。ハイドンにも「日の出」という四重奏曲があって、どっちが先だっけと考えていた。長生きしたハイドンがあとでした。
四人の奏者はそれぞれに音がくっきりとして、楽器の個性がはっきりわかる。響きが混じり合わないみたい。きれいに揃えばいいんじゃなくて、ひとりひとりがその人を現しているかどうかが大事。森繁久彌のインタビューにあった「屋根の上のヴァイオリン弾き」の演出家サミー・ベイスの逸話を思い出した。
2楽章アンダンテ・カンタービレは陽の光の中。陽炎、水面、ゆらゆら揺れて、風も揺れて。3楽章メヌエットは甘いお菓子、お茶の時間。風、雨、おしゃべりは続く。4楽章アレグロ・モデラートはお芝居のよう。舞台の上のよどみない台詞回し、入れ替わり立ち替わり、オペラの重唱のような大団円。朝から始まる一日の様子を4楽章にして、この曲の今夜の楽しみ方ということにしておきます。

ベートーヴェン。この夜一番の美音が第1ヴァイオリンから、いや、各奏者ともじゅうぶんに練り上げてきました、と音が語っている。2楽章では神懸かりのピツィカートがチェロから出て、ヴィオラもここが聴かせどころと音を響かせる。アンダンテ・コン・モート、なるほど、躍動感。3から4楽章、メヌエット・グラツィオーソ、優美なメヌエットからアレグロ・モルト、アレグロを極めて。宇宙をひろげる人がいる。人生を楽しむ名人がいれば、人生を突き進む名人がいる。このボン生まれの巨人が投影する大海に身をゆだねているうちに、突然の快速フーガ、音の愉悦が会場を満たします。

アンコールはベートーヴェンのト長調メヌエット。チェロ奏者が背中あたりに手を伸ばしたりして、五十肩でしょうか、お大事に。

この日の twitter の投稿です。
ぼくらのホールでヴァイオリンの音が高く伸びていく。名人たちではなくてもモーツァルトのハ長調の遊びとベートーヴェンのハ長調の決然は眼の前に広がっているし、拍手はまばらでも聴きたい人だけが出かけてるんだし、音の楽しみと推理の喜びがここにあるんだと。市の音楽堂で今宵、杜の弦楽四重奏団。

9月19日木曜日18時45分開演
福島市音楽堂大ホール
杜の弦楽四重奏団演奏会

ヴァイオリン 岡千春・門脇和泉
ヴィオラ 齋藤恭太
チェロ 塚野淳一

シューベルト:弦楽四重奏曲第12番ハ短調 D.703「四重奏断章」
モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番ハ長調 K.465「不協和音」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番ハ長謂作品59-3「ラズモフスキー第3番」