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楽譜   演奏会見聞録

12年6月10日

杜の弦楽四重奏団

演奏会の雰囲気なんてすっかり忘れていた。ひさしぶりのお出かけ。受付で整理券がないと話すと責任者に聞いてくれて、あっさり入場可となった。地元の演奏家の出演ということで、年配の方が多くて会場はほぐれた雰囲気。

ヴィオラ奏者のあいさつはよく聞こえなかった。この方はこのホールのステージ脇で合図を出しておられた。プログラムの経歴に、1986年から1997年 音楽堂音楽専門員、と。84年のホールの開館当時のあの熱気は夢のようだ。主催公演が、客の刹那の楽しみに焦点を当てた流行偏重路線になってしまい、すっかり足が遠のいていた古典音楽愛好家たちが、きょうは弦楽四重奏を楽しみに出かけてきたものと。(我が田にのみ水を引こうとしている?)

ハイドンの「ひばり」、たしかアレグロだったのに、とってもゆっくりとした始め方。ういういしい雲雀、巣立ちっていうのはこんな感じかなあ。きょうの雲雀は風を楽しみながら、ときどき羽ばたきしては、一直線に昇るのではなく、曲線を描く。静かな春の野。糸が寄っては離れる親密な語らい、和音の移ろいのあざやかさはなくても。
骨格が伝わってきて耳にやさしければ、わたしにとって演奏はそれで充分、演奏家の役目とそこから先のわたしの楽しみの領分。
第1楽章アレグロが今日はアンダンテで、第2楽章アダージョがラルゴで、それでもすかすかにならないのはヨーゼフ父さんの組み立てだから。
第3楽章メヌエット、アレグレットがここでもまたアンダンテだけれど、チェロに弾むビートが見え隠れ、フーガもあってドラマの迫力。
第4楽章ヴィヴァーチェ。固まってとんがる軍楽隊ではなく、みんなせわしくいろんな足どりの歩兵の行進。建築屋のパパの気持ちはそんなにうまくは伝わらない。でもときどき真ん中に音の塔がすっくと伸びる時がある、この時の幸福感たら。

モーツァルト KV387。うって変わって艶のある深い響きでちょっとびっくり。舞台から風が吹いてきたようなモーツァルト。「春」というあだ名がしっくり来るような。わき上がってくる情感。線と線で面ができ面と面で立体ができる力を秘めた音の建築。
第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと歌いかわしが深く響き合う第1楽章。半音階の揺らめき、モーツァルトの羽が見えるような、ときどき覗く深淵、下降音型。あこがれ、魂のひびわれをのぞきこむような第2楽章。
第3楽章のアンダンテ。ここではアダージョ。沈思黙考がベートーヴェンのよう。高速度撮影で花が時間をかけて開いていく。
最終楽章はフーガ。茎が伸びて葉が伸びてたちまち花盛り。ヴァイオリンおふたりのドレスにはじめて目がいく。エメラルドグリーンと柿赤が響きに輝きを乗せているようだ。

それにしてもこのモーツァルトの濃さに比べて、さっきのハイドンはなんだったの? 平行線は交わらない、とでもいうように、それぞれの音が細い線で流れていたハイドン。心をかき乱さない食卓の音楽と考えたのか、それとも父の影が大きすぎてつかみきれないでいたのか。

演奏会でチャイコフスキーはひさしぶり。聴く前から甘酸っぱさを感じてしまう。
馬車がゆっくり進む地面の音、車のうなりがあちらこちら、黒い冷たい土の上を足もとを確かめるように進んでいく。気持ちの良い揺れに自分が乗っているようにも。働く歌が聞こえてくる。空高く鳥は歌う。混沌の中から、自分の胸の中でわき上がるものがある、わだかまりではなく、勇気、あるいは決意。ドシラソファ、ただの音階なのに浮かび上がるものはとてつもなく大きい。音階の名作曲家、「くるみ割り人形」の「パ・ド・ドゥ」を思い出す。
第2楽章、アンダンテ・カンタービレ。ピツィカートに乗って今日一番の歌が第1ヴァイオリンに。労働とともにある歌の記憶、彼の世紀でも労働、歌はなつかしいものだったのか? 4人の並々ならぬ集中と決意。遠くはるかな昔にあったもの、ぼくたちは忘れていない。チャイコフスキーと民衆と、演奏家と私たちの共感。
第3楽章は踊り、祭りが始まったようだ。でも、なんだろう、この簡単に付いてこないものは。何かにこだわっている、重いものを引きずっている。
第4楽章では固まったものの中から糸口が見えてくる。ほぐれはじめる、でもまた闇の中。ほぐれ目のフーガ、もつれた網の中に光る筋、突然のひかりへと。厳しい大地と働く人々への共感、冬の夢。

去年の6月4日にもこのメンバーでこのホールでドヴォルザークの「アメリカ」を演奏したことがパンフレットに書いてあって、聴き逃したのは残念だけれども、あの気ぜわしい日々の中で、被曝の不安の中で、もし情報が入っても自分が出かけるには相当の覚悟が要ったはず。せめてこの残念さは、Quartetto Italiano のレコードを聴いて、帳尻を合わせておこう。

6月10日日曜日14時30分開演
福島市音楽堂 大ホール
心の復興へ向けたコンサート

杜の弦楽四重奏団
ヴァイオリン 岡千春 門脇和泉
ヴィオラ 齋藤恭太
チェロ 塚野淳一

ハイドン:弦楽四重奏曲第67番ニ長調「ひばり」作品64-5 Hob3-63
モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番ト長調「春」 K.387
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番ニ長調 作品11