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楽譜   演奏会見聞録

07年6月29日

モルゴーア・クァルテット演奏会

 シマニスキという作曲家は初めてでした。
 第2ヴァイオリンのかすかな高音がまっすぐ伸びてとつじょ放物線を描いて落ちていく。またまっすぐ伸びては紙飛行機のように落ちていく。決然としているわけでもなく、かといって無機質な音の連続というのでもない。緩慢というかだらしなくというか。くり返していくうちに前ぶれもなく強奏。そして第2ヴァイオリンの引き込むような下降が戻ってくる。けだるい繰り返し。
 「二つの小品」のあとの方は、3人の寝息にチェロのいびきがかぶさるように聞こえた。泣き疲れてそれでもぐずる赤んぼう? うらみごとをくり返す女? 思いついたことを並べてみても、どうやらいい印象は持たなかったようだ。
 心を浮きたたせるわけでもなく、単純な音のくり返しの中に表情をさぐらせるわけでもなく、何が楽しみ? ほかの構成ではなく弦楽四重奏を選んだわけは? 
 あとでもう一度聴いてみようという気持ちにならなかった。こんなことはあまりない経験です。


 レコードを流しっぱなしでまともに聴いたことがないチャイコフスキーの弦楽四重奏曲、ほかに気をとられず聴くことができるのはコンサートならではです。
 細かく紡がれた織物のなかで何かが動いている。気がつくと、一本一本の糸が縒(よ)れていて、いわば人生の時々の心の動き。それぞれの音に加えられたていねいなヴィブラートがそう感じされるのだろうか。
 弦楽四重奏曲がコンサートよりも家庭のなかで演奏されていた時代、チャイコフスキーが見ていた家庭とは、なるほど繊細なものなのだなあ。心の襞(ひだ)。最近読んだ大正期の職工歌人松倉米吉のことが頭にあってか、しんみりしてしまいました。

 第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」、息の長いメロディーに心を揺さぶられる。中間部でチェロのピチカートをこれでもかとはっきりと響かせていたのが新鮮だった。情緒には流されないぞ・・ということか。

 第3楽章は打って変わってお祭りでしょうか、シンコペーションで舞い上がる踊り。暖炉の明るさ。人々の息づかい。
 第4楽章はそれぞれの腕の見せどころ、ヴィオラが歌い出したり大活躍。4人が丁々発止と歌舞伎のように見得を切る。


 さてベートーヴェン。ラズモフスキー3曲シリーズの第1番。
 この堂々さ加減・・にホッとする。一音一音にこめられた息づかい、演奏をくり返して練り上げられたもの。のびやかで厚い響き、そして構造の明快さ、推進力。
 第2楽章の親密さ、ヴァイオリンが導くあたたかいメロディー、親密な語らいなのに、真剣に突きつめてしまうベートーヴェン。チェロの藤森さんのリズムの刻みが確実・安定、とても気持ちがいい、几帳面な方のようだ。(藤森さんのホームページはいつもきちんと更新されています。)

 第3楽章は嘆きの歌、チェロが深々と歌う。後半チェロのピチカートから第2ヴァイオリンに引き継がれ3人が歌い交わす切なさといったら、チャイコフスキーにも感じた市井の人々の愁いのようだ。
 第4楽章、チェロに鼻歌のような気楽なメロディーが。なんともいい感じだ。全体に広がり、何度も繰り返して展開される、しつこく。このねちこさにモルゴーアもねちこくついていく。あまりのしつこさに椅子の硬さが気になるころ、第1ヴァイオリンの弦が切れる。再登場して、しばらく前のところから再開、しつこさの繰り返しとなった。

 当夜のプログラムに林光氏が書いていた「徹底して鍛えられ組み立てられ、『ベートーヴェンの主題』になってしまうのだ。ただのレードレミファが、である。そのみごとな組み立て」というところをわたしが実感するのには、もう少しやわらかい椅子が必要なようだった。
 翌日の東京でのコンサートがNHK-FMで放送予定とのこと、同じプログラムをもう一度ゆっくり聴いてみよう。


 アンコールはチャイコフスキーのロマンス、ピアノ曲の編曲。
 アンコールの前に、第1ヴァイオリンの荒井氏のスピーチ。シマニスキでの聴衆のまばらな拍手・反応の悪さに触れ、「ベートーヴェンも当時は前衛だった」。それはそうだが、他にもましな前衛があるはずだし、選曲に問題はなかったのか、と思った。去年のコンサートではヴァスクスの叙情と色彩に目(耳)を開かれ、新しい音楽の世界に導かれたことを思い出した。


 さて、来年08年は6月18日に福島でのコンサートが予定されており、林光氏の新作の演奏を企画しているとのこと。また、来年も楽しめる。


モルゴーア・クァルテット演奏会
2007年6月29日金曜日18時30分開演
福島市音楽堂大ホール

モルゴーア・クァルテット
荒井英治(ヴァイオリン)
戸澤哲夫(ヴァイオリン)
小野富士(ヴィオラ)
藤森亮一(チェロ)

パヴェル・シマニスキ: 弦楽四重奏のための二つの小品(1982)
チャイコフスキー: 弦楽四重奏曲 第一番 二長調(1871)
ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲 へ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第一番」(1806)