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楽譜   演奏会見聞録

06年6月6日

モルゴーア・クァルテット演奏会

ステージ奥側、演奏者のすぐ後ろにひな壇のようなのしつらえがあり、むやみに音が垂直に伸び上がらず、聴衆に向き合うように響いたのは、このカルテットの姿勢のあらわれだろう。
耳を楽しませるだけの音楽ではなく、作曲家の思いを伝える演奏家を前にした、聴衆の共感と積極的な音楽への関与を求めているのだ。

さてパパハイドン。ハイドンはいつでも曖昧さのない明るさだ。心さみしいときに電話をかけると話しているうちにいつか自身を思い出させてくれる友人のようだ。しばらく忘れていたけれども、こういう音楽もあったんだ。
疲れにハイドン、目ざめにハイドン。先鋭にならない、きらめかない。
分離のよい4声部がそれぞれ明るく歌い、しめっぽさのひとつもない。清水の流れのようなカルテットの演奏は、音を出したあとはホールの響きにまかせて、余韻が天井にまで伸びていく。目の前でひろがっていくソナタ形式、古典派の楽しみ。
演奏会でもっと聴かれてもいいのに。弦楽四重奏はともかく、オーケストラのコンサートでハイドンを聴いたのは、もう何十年も昔のことだなあ。これも「時代」なのか、こののどかさ・豊かさにあこがれる。

続いてはヴァスクス。3年前のラトヴィア国立交響楽団の福島公演でこの人の曲「ヴィアトーレ」が取り上げられて、とても気に入ったのだった。
曲は「夏の調べ」。第1楽章「花開く」、第2楽章「鳥たち」、第3楽章「悲歌」。
弦に左手の指を触れただけ、抑えつけないで右手の弓でひいた微かな音から、情緒をたっぷり引きずったメロディーが生まれていく。アンドレイ・タルコフスキイの映画のように、生成し、ゆっくりとうつろっていく風景。
持続する低音に乗って、花が開いていく。大輪、それとも、群花。香りと、いきれに、胸が苦しいほど。
第2楽章では鳥が一羽、また一羽とあらわれ、鳴き交わしながら、クライマックスは夕方の群舞のよう。愛の情景が狂おしい響きとなり、またもとの森の情景に帰っていく。
「悲歌」はチェロのどこまでも伸びていくような低音に、ヴァイオリンのグリッサンドが飛翔し、そして降下。かすかな、しかし、悲痛な感情のうちに消えていく。浄化された聴き手の心は日々の雑事を乗り越え、新しく生まれ変わり透明になる。
宗教というのはこういうことかと思うような、神秘的な体験。

コンサートでバルトークを聴くと、知的興奮を感じてしまう。いつもわくわくだ。
切迫した開始からカノンのやりとり、第2ヴァイオリンに出たフレーズをそれぞれが追いかける。なるほどバルトークの古典主義、形式のきびしさが息詰まるよう。地方色豊かなメロディーが引用され、展開していく様式的な動き。
第2楽章のアダージョ・モルトは「夜の音楽」。戦争前のブダペストの夜。都市の片隅にひろがる甘い香りとしのび寄る夜。言葉が話され、すぐ途切れ、夜のいきれの中に溶けていく。
第3楽章スケルツォ。ハンガリー舞曲のモチーフが展開される。影のあるユーモア。パンフレットの林光氏の解説には、ブルガリア・リズムとある。9/8拍子ということだが、からだになじみ、難しいとは感じない。
第4楽章アンダンテはヴァイオリンのピチカートで始まる。混沌のなかから意思がかたちをあらわし、生まれ出てくる。夜のよどみのなかで自分を高めていく、孤立からの鼓舞(中田英寿の孤独な闘い・・・蛇足)。そしてあこがれ。バルトークの行方に光は見えていただろうか。アンダンテの夜。
第5楽章、フィナーレ。決然としたユニゾンから、まばゆい閃光と白熱。視界を失うなかで一瞬ワルツのメロディー。追憶? そしてまた白熱灯の夜。
「第5番が一番難しいことを知っておりましたので、ほかの5曲でバルトークのいろいろな語法を経験した後で最後に演奏しよう」と当夜のプログラムにあったが、これだけ切迫した感情や、夜のメランコリーと白熱(!)、が表現されたのだから、成功した演奏だったに違いない。

アンコールは、モーツァルトのKV.421からメヌエット。弦楽四重奏曲第15番ニ短調「ハイドン四重奏曲第2番」第3楽章。涙腺が刺激される。モーツァルトの桁違いの力。
バルトークのルーマニア舞曲の第1ヴァイオリンの荒井氏による弦楽四重奏用編曲。
家族向きの甘ったるいプログラムばかりの地方のホール。真摯さ、厳しさを伝えてくれるこうした演奏こそが、音楽にしか与えられていない特質の具現だということを、だれに伝えればいいのだろう。

モルゴーア・クァルテット演奏会
2006年6月6日火曜日18時30分開演
福島市音楽堂 大ホール
第一ヴァイオリン荒井英治、第二ヴァイオリン戸澤哲夫、ヴィオラ小野富士、チェロ藤森亮一

J.ハイドン : 弦楽四重奏曲 ニ長調「蛙」作品50-6 Hob.III-49(1787)
P.ヴァスクス : 弦楽四重奏曲第2番「夏の調べ」(1984)
B.バルトーク : 弦楽四重奏曲第5番 Sz.102(1934)