70年代の終わりから80年代の初めにかけて、中世からルネサンス、そしてバロックの音楽の世界に夢中でした。
そのころのお気に入りといえば、デイヴィッド・マンロウの「十字軍の音楽」、そして、シギスヴァルト・クイケンとグスタフ・レオンハルトのバッハのヴァイオリン・ソナタ集でした。
マンロウが鬼籍に入って久しくなりましたが、クイケンもレオンハルトも現役で、来日公演があるたびに近くの街で演奏会があればと思っていました。
ラ・プティット・バンドという楽団名は、ルイ14世の宮廷でのリュリの楽隊の名前だそうですが、日本語で言えば「小楽隊」。今回は「四季」ではヴァイオリン2人、ヴィオラ1人、チェロ代わりのヴィオロンチェロ・ダ・スパラ1人、チェンバロ1人、それにヴァイオリンのソリスト1人という、言葉どおりの小編成です。
なぜ、この編成なのか。なぜ、ヴィヴァルディなのか。ヴァイオリンのクイケンがなぜヴァイオリンを弾かないのか。
ヴァイオリン協奏曲が4曲、それぞれ春夏秋冬の名を持つ協奏曲集「四季」です。舞台上手に第1ヴァイオリン、下手に向かって第2ヴァイオリン、チェロ代
わりのヴィオロンチェロ・ダ・スパラ、チェンバロ、ヴィオラ、ソロヴァイオリンと並びます。よく見る並び方と違うのは、響きの対照、鳴り合わせの効果を考えてのことでしょう。
ソロはサラ・クイケン、シギスヴァルトはヴィオロンチェロ・ダ・スパラを担当します。
この楽団の響きは、張った弦の強さよりも、弦を支えている木の柔らかさを感じさせる、こんな言葉でわかってもらえるでしょうか。よどみなく流れるのではなく、ふくらんだり、ゆらゆらしたり、という感じです。ジョギングの快感ではなく、散歩の楽しみです。
「夏」の第1楽章でのヴァイオリンとチェロ、チェンバロのゆったりとした嘆きの歌、「秋」の第2楽章でのチェロのしっとりした響きとチェンバロ主導の合奏の精妙さ、楽しみは数々ありましたが、「冬」の第2楽章 Largo がチャカポコチャカポコという伴奏に乗って速いテンポで演奏されたのが意外でした。
この Largo は NHK みんなのうたでは「白い道」(どこまでも白い ひとりの雪の道・・・)として何度も放送されました。「四季」の録音でもロマンチックな表情で演奏されます。
ヴィヴァルディが曲に付けたソネットでは「外は雨 火の傍の落ち着いた楽しい日々」というところですし、この軽妙さは理にかなったいるように思えました。ヴィヴァルディの時代の音楽会で思い入れたっぷりの演奏があるはずもありません。これまで聴いていた「四季」はどれもロマン派音楽の演奏の伝統を引きずっていたということでしょうか。
ヴィオロンチェロ・ダ・スパラは肩から紐で下げてヴァイオリンのような体勢で演奏されましたが、現代のチェロと比べると音色はやわらかで小さめ、ただし、音色や強弱のニュアンスは豊富で、楽しませてくれました。現代のかたちのチェロが主流になったのは、古典派・ロマン派の時代の要請によるものでしょう。
「四季」の録音はたくさんありますが、どの録音を聴いていても、イ・ムジチと比べている自分に気がつきます。太陽と風の国イタリア、さわやかで艶のある弦の音色が、多くの人にとっての「四季」の原体験でしょう。目の詰まった弦のアンサンブルを従えて、輝く音色で手もと鮮やかなソリストが妙技を展開するのが「四季」の楽しみだと思っていました。
この楽団の特徴は親密さと木の肌を感じさせるニュアンスの豊かさです。
小編成ということもありますが、司祭としてヴェネツィアのピエタ慈善院付属音楽院で教師をしていたヴィヴァルディの日常的な演奏スタイルを再現しているということもできそうです。(この曲の当時は各地に演奏旅行に出ていたので、もっと規模の大きな編成を想定していたかもしれませんが。)
わたしが聴いたのは、素朴な響きのうちに親密な感情の交流が聴き手を心地よくさせてくれる、家庭的な音楽でした。だから、茶の間での会話のように、メンバーが対等にそれぞれの音を響かせるのでしょう。有名なシギスヴァルト氏もここでは家族のひとりなのですね。ヴィヴァルディの時代の音楽のあり方はこうだったろうと得心がいきました。
休憩後はソロ楽器が活躍するソナタ・協奏曲が並びました。
リコーダーのペーター・ファン・ヘイヒェンは恰幅のいい方で、小さなリコーダーで妙技を披露しました。はじめて見る名前でしたが、正確な指使いで美しい音が四方に広がる様に驚きました。こういう楽器の名人が活躍するというのはヨーロッパの音楽の世界の深さでしょうか。私たちの世代は小学校でリコーダーを練習しましたし、この国にもこの楽器の名人がいるはずです。演奏会で聴いてみたいものです。
チェロ協奏曲はシギスヴァルト氏のヴィオロンチェロ・ダ・スパラでした。チェロの音は男の歌声に喩えられますが、今まで実感したことがありませんでした。この楽器であればそのことが納得できます。男の声がゆったり歌い、チェンバロが鳥の鳴き声を聴かせていました。
アンコールはリコーダー協奏曲「ごしきひわ」第3楽章、これはプログラムにあった曲の再演、続いてバッハの管弦楽組曲第3番から「ブーレ」。
NHK のテレビが収録していました。7月29日以降に放送が予定されています。
ラ・プティット・バンド オール・ヴィヴァルディ・プログラム
2008年5月31日土曜日15時開演
神奈川県立音楽堂
「四季」〜ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」より
2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ短調 op.1 No.12 「ラ・フォリア」
リコーダー協奏曲 ハ短調 RV.428「ごしきひわ」
チェロ協奏曲 ニ長調 RV.403
ピッコロ協奏曲 ハ長調 RV.444
ラ・プティット・バンド(古楽アンサンブル)
シギスヴァルト・クイケン(音楽監督、ヴィオロンチェロ・ダ・スパラ)
サラ・クイケン、マコト・アカツ、アンネリース・デコック(ヴァイオリン)
マルレーン・ティールス(ヴィオラ)
ペーター・ファン・ヘイヒェン(リコーダー、ピッコロ)
ベンジャミン・アラード(チェンバロ)
テレビジョン放送予定
7月29日火曜日午前6:00 衛星ハイビジョン
8月5日火曜日午後1:00 衛星ハイビジョン 再放送
8月11日月曜日午前10:55 衛星第2 再放送