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楽譜   演奏会見聞録

10年4月29日

小山実稚恵 ピアノ協奏曲の夕べ

今日の遠征先は高速バスで2時間、いわきアリオス。開館1年、気になってはいましたが、ショパンとブラームスの協奏曲という意欲的なプログラムに、挑戦を受けたような心持ちがして、重い腰を上げました。

ショパン。オーケストラによる決然とした最初の主題、心をつなぎ止められるような2番目の主題、聞き手のはやる心をなだめるように淡々と進めていきます。万端準備が整ったというように小山実稚恵のピアノがホールに響きます。熱くというのではないのですが、光が乗るメタルの質感、ここぞというところでぎらりと光ります。リズムの揺らし方が堂に入っていて、なまめかしささえ感じさせ、演歌歌手のようです。(ほめ言葉です。)

彼女のショパンへの共感は、お気に入りの旋律を考えられる限りの光となめらかな表情で歌うことで表現されます。ショパンへの執念と、磨き上げた音の美しさに対しては、喝采を送るほかはありますまい。

第2楽章。いぶし銀のオーケストラの中からホルンやほかの管楽器の自信に満ちた音色が現れるようになります。それぞれの楽器の音を混ぜ合わせて良い響きをつくるというよりは、それぞれの個性をそのまま増幅して、競い合わせることで響きをつくっていくように感じました。これはこの楽団の個性なのか、このホールの特性なのか、よくはわかりませんでした。
Larghetto の指示のある Romanze(ロマンスだから、ゆるやかにね)。トルコブルーのドレスと長くのばされるピアニストの腕の動きにうっとりするばかりです。

第3楽章ロンド。踊りの形式をとっていますが、燃え上がるような熱情が歌い上げられます。いやそのはずなのですが、なにかしっくり来ません。ピアノが熱く歌うところはありますが、聞き慣れた音や、旋律が響いてこないところもあるのです。ロンドの弾む足取りも聞こえてきません。緩急自在とも言えますが、ピアニストに振り回されてオーケストラが集中できないような、こちらが集中できないような。
ロシアに蹂躙される故国ポーランドの閉塞感と革命の動き、音楽の中心地へ飛翔する高揚感と祖国への思い、二十歳の青年の憂愁・熱情といったものが聞こえるはずのこの曲ですが、ないことでわかる反面教師、という意味では、聴きどころの多い演奏でした。

さて後半はブラームス。わたしの最上の音楽の一つです。ああバックハウス、ああゼルキン。
実演だなんてどんな演奏になるんだろう。怖いもの見たさもありました。ブラームスの楽譜通りに演奏するんだから、ブラームスが聞こえるはずだ、という失礼な思いです。結果はブラームスの勝ち。ブラームス以外の何ものでもありませんでした。

ピアニストの方針は前半と変わらないようです。ここぞとばかり美しい音で歌い、テンポを自在に動かし、まるでショパンを弾いているようです。
ショパンではいぶし銀のようなくすんだ音色だったオーケストラも、積極的に山並みを作り始めます。ブラームスのごつごつとした山肌を力強くなぞっていきます。この曲は建設機械が柱を押し立て壁を築く推進力といったものを感じさせ、オーケストラはもちろんのこと、ピアノもしっかりした骨組みを積み上げていくはずなのですが、今日の演奏では、オーケストラが構造を組み立てていく一方、ピアノが外壁を装飾するといった案配です。
この曲はピアノ独奏付きの交響曲と呼ばれることがありますが、この演奏ではピアノオブリガート(助奏)付き交響曲です。モーツァルトのヴァイオリンソナタで、ピアノが主役になった陰で、ヴァイオリンが綺麗な音の飾りをつけていくのがありますが、あの感じです。今日はこういうかたちで楽しむということにしました。

第3楽章では南国の夕べを思わせるゆったりした歌が聞こえます。チェロはいい音を出していました。ピアノの陰でお顔は拝見できなかったのですが、ソロをとったチェロの方はスカートをはいておられたので女性のようです。くすんだ音色(ブラームスの音!)で朗々と歌を歌っていました。
ピアニストも余韻たっぷりに、まるでショパンの夜想曲のように歌いはじめ、ゆったりとピアノを響かせていました。
ピアノパートの終わりでは鍵盤を離れた腕を指揮者の方へ長く伸ばして、気持ちよさそうでした。マニエリスムとかバロック(いびつな真珠)という言葉を思い出しもしましたが、客席もうっとり。
ブラームスにしかない厚い昂揚(注意:「熱い」の誤植ではありません)は、この演奏でも充分にありました。第4楽章のオーケストラの迫力は客席にも伝播して、会場が一体になったような熱さでした。ああ、ブラームス!

熱気さめやらぬ会場の拍手に答えて、ピアニストはオーケストラに会釈をして、ショパンを弾き始めました。後ろ髪引かれるノクターン嬰ハ短調(遺作)でした。ショパンのソリストとしての彼女らしさをたっぷり味わうことができました。

さて、会場は大ホール。シューボックス型、バルコニーつき、1,705席。プロセニアムアーチ付きの立派なホールでした。木の質感の反射板が三方を囲むほか、舞台後方に白い反射板が設置されています。この反射板の模様が白にグレーであみだくじのような図柄です。モンドリアンのブロードウェイを思い出したのですが、あとで調べたらモンドリアン(「ブロードウェイ・ブギウギ」)は黄色や赤を使っていました。
オーケストラの音が客席に向かって輻射されるような感じですが、それぞれの楽器の位置感もはっきり現れ、迫力ある管弦楽を聴かせてくれるホールだと思います。ピアノも奏者の意志を正確に増幅するような感じで、スタインウェイの輝かしい音を生かしてくれるように思います。
ホールロビーを出たところにテラスがあり、公園を眺めながらテーブルでお茶を楽しんだりできそうです。気に入りました。

小山実稚恵 ピアノ協奏曲の夕べ
2010年4月29日木曜日(昭和の日)17時開演
いわき芸術文化交流館アリオス大ホール

小山実稚恵 ピアノ
沼尻竜典指揮 トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ

プログラム
ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83