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楽譜   演奏会見聞録

13年11月17日

弘源寺木管五重奏団

案内状をいただいた。おしらせの葉書にはイベール、シュターミッツ、と並んでいて、ヨーロッパ旅行に出かけるような気分になる。自分からは聴かないし、ラジオでもかからないような曲をとりあげているんだなあ、いつもながら。モーツァルト協奏交響曲KV297bだって。ベームとウィーン・フィルハーモニーでもないとレコードをつくれない曲じゃないか。楽しみなプログラム、こよみに書いて予定は入れないようにして。

ファゴット、ホルン、クラリネット、オーボエの順に音が重なっていくと、ミューズがぼくらの世界に降りてきたようなあたたかさを感じた。フーガというのは追いかけっこのことなんだ。バッハの主題によるフーガ、バッハの時代の日々のくらしのよろこびが木管で歌われているよう。バッハの曲ではカンタータや受難曲でも木管が活躍していたっけ。
クララ・シューマンが1845年、ピアノのために編曲したようです。二十代の育児かたわらの手すさみでしょうか。バッハが人々に知られるようになったマタイ受難曲の蘇演が1829年、バッハの林の入り組んだ小径にひそむ楽しみを音楽家たちが追いかけていたのでしょう、シューマン夫妻も。
三曲目はホルンから、クラリネット、オーボエ、ファゴットの順。ト短調なのに家庭のほんわりしたふんいきをかもし出しています。オーボエが協奏曲の独奏者のように華やかに舞っていました。ベートーヴェン第十六弦楽四重奏曲の「斯く有らねばならぬ」のような動機がくりかえされて、音楽の流れはバッハに注ぎ込んでバッハから流れ出した、というのはほんとうだなあと。

ピアニスト登場。五重奏団のフルート奏者が今回不在のため客演ということでしたが、三善晃という選曲です。うれしくなりました。
「アン・ヴェール」とは、韻を踏む、余韻を楽しむ、とピアニストが解説しました。En Vers、辞書には…韻文で書かれた…とあり、「散文」の反対語と説明があります。
音の数は少なく、坦坦とすすみますが、一音一音が美しさ、強さ、輝かしさをそれぞれ際立つように主張します。叩かれて音が鳴り木が震え静まっていく様子がすべて違うのです。舞台で役者がそれぞれの時間を個性で埋め尽くしていくようです。波頭のようにサワサワとしたり、寄せ波のようにザブンとしたり、湧き寄せきらめくしぶき、たちこめる黒い霧、思いを断ち切るような尖った一閃。楽譜は無調、波形は尖鋭と紡錘形、思いはドビュッシー、底に人へのあたたかい思いがひそんでいるような。

グリエールのノクターン。大きなスケールでホールいっぱいにホルンが響いて快感でした。花の香りでむせるような、むせかえるような、この夜想曲では眠れませんが。
グリエールはホルンを歌わせた、と解説がありました。レインゴリド・モリツェヴィチ・グリエール、たくさんの作品があるロシア=ソヴィエトの作曲家。1956年没。この曲は1908年「さまざまな楽器とピアノの二重奏のための小品集 作品35」11曲のなかの一つでした。ロシア革命前夜、どんな情況で書かれたのでしょうか。
1.メロディ 2.ワルツ(以上フルート) 3.シャンソン 4.アンダンテ(以上オーボエ) 5.楽興の時(チェロ) 6.ロマンス 7.悲しいワルツ(以上クラリネット) 8.ユモレスク 9.即興曲(以上ファゴット) 10.夜想曲 11.間奏曲(以上ホルン)
いつかどこかで聴きたいものです。

イベール。名前を聞くだけで地中海を思ってしまいます。「寄港地」の作曲家。瀟洒、という言葉があるんだなあと。
駄菓子屋さんだったり、丘からながめるきらきら光る海だったり、ストウヴの上の薬罐のはじくような音だったり、炬燵のトランプだったり、山登りで風に吹かれたり鳥の声を聴いたり、練り歩くちんどん屋に秋の光があたったり。きままにいろんな風景を思い出して、幸せな気持ちになっていました。
一月の演奏会の時も「ルネ王の暖炉」を探してCDを購入しました。今回もこの曲を目当てにまた一枚。1935年の作品だとわかりました。

シュターミッツ。ハイドンのような、清廉なモーツァルト?のような、と聴いていたら、同じころの人でした。街の賑わい、市が立って人が出ているような、輪舞もあったり。演奏者たちのあったかい気持ちが伝わってきました。

後半はモーツァルト。
最初はとまどいました。管楽器の独奏者たちと管弦楽のための曲ですが、今日はピアノが独りオーケストラを演じるわけです。独奏が始まるまでずいぶん長いオーケストラの部分がありますが、印象がまったく違うので、はじめての曲のように感じました。おかげで、ソナタ形式の二つの主題という教科書に載っていたことを復習できました。いつもなら気にせずにオーケストラに耳をゆだねてしまうところです。
独奏楽器群が出てきたところで、リズムに活気が出て華やかに、ああ、この曲だ、と。ウィーン、モーツァルト、茶目っ気、ほほえみ…と。まじめなピアノがモーツァルトの深刻な部分を、ソリストたちが小春日の街を自転車で走るような晴朗な部分を、モーツァルトの光と蔭。モーツァルトは木管が好きだったみたいだなあ。いろんな歌が聞こえてくる。
きょうの演奏会の華はファゴットにあり。朗々として、たっぷりとして、ビートをつくっている。この五重奏団のいいところはリズムの推進力だなあと、あらためて感心。ぼくらの街のレ・ヴァン・フランセと誇りたい気分です。

アンコールにはグノーのアヴェ・マリア。ピアノがいい音を響かせて、と思ったら、バッハの平均律の第一曲、何年も弾いているんだろうなあ。くっきりと音が立ってやわらかく伸びあがっていく。スタインウェイの見本みたいな響きがこのホールで聴けるんだ。
管にはまるでウェーバー「魔弾の射手」のような精気が満ちて、ホールが聖堂のように、といったら大げさかなとも、でもそう感じたんだからしょうがない。

11月17日日曜日14時開演
福島テルサFTホール
白鹿山弘源寺木管五重奏団第15回室内楽演奏会

白鹿山弘源寺木管五重奏団
フルート 宮崎真(今回は休演)
オーボエ 早水楼蘭
クラリネット 添田麻紀子
ホルン 湯田公夫
ファゴット 高木昭道

クララ・シューマン:バッハの主題による3つのフーガ
三善晃:ピアノのための アン・ヴェール(1980年)
グリエール:ノクターン作品35の10
J. イベール:木管三重奏のための5つの小品
K. シュターミッツ:木管四重奏曲変ホ長調 作品8の2
W.A. モーツァルト:4つの管楽器のための協奏交響曲 変ホ長調 K.297b