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楽譜   演奏会見聞録

05年9月2日

金子みすゞの世界

冒険のない抒情詩をバッハの楽章ごとに聴かせられる。詩と音の出会いにハプニングは起きない。旋律がただの伴奏になる。かわいそうな作曲家。曲にかぶせて詩が読まれる、どうしよう。これは何かの間違いだと思い直して、朗読と音楽を別の耳で聞くことにする。

小都市ケーテンの楽長宿舎の夜、バッハの思念がひろがっていく。夜に闇の色濃くしみ出して虚空のかなたに消えていく。
乾いた音、呼吸での途切れ、楽器の制約はあっても、バッハの音の集中は切れない。

シューベルトのピアノは深く沈んだ音、音を寝せているようなロマン派の解釈。
なぜかここで、・・・鰮のとむらい/するだろう・・・。シューベルトだとそうなるのかい。紋切り型って言葉があるぞ。ま、我慢、我慢。
歌曲集「冬の旅」からチェロとピアノのための編曲で2曲。
バリトンの代わりにチェロが歌うこの編曲は素直で好感、自分でも演奏して楽しめそう。
雄弁な演奏、大家の表現、といえばほめ言葉だけれども、「菩提樹」での大げさな感情表現には気恥ずかしくなった。音楽が自分ですべて語っているのに、演奏家の驕りというものだろう。

休憩後、カザルスの「鳥の歌」、カザルスのふるさとカタルーニャで鳥たちは「ピース(peace 平和)、ピース」と泣いているという。
チェロは不調、音が割れてしまっている、熱演? 謙虚たるべき演奏家も時として盲(めしい)ることがある。(覚えていますか? TBS系列で放送されたドラマ「逃亡者」の冒頭、天秤(てんびん)の映像に矢島正明の朗読で「正しかるべき正義もときとして盲(めしい)ることがある」。)それともチェリスト長谷川陽子の音楽性?

続いてのサン=サーンス「白鳥」、ドラマチックな演奏! サン=サーンスの皮肉たっぷりの「動物の謝肉祭」で取り澄ました高貴な表情を見せていた曲なのに。音楽堂ホールに鎮座するパイプオルガンを青く照明したりして、曲の解釈ともども何かの勘違いだろう。観劇に出かけてきたわけではない。諧謔のないサン=サーンスはただの無神経だ。

ドビュッシー、フォーレとフルートの柔らかであたたかい演奏にほっとする。先日聴いたマクサンス・ラリューとの器の違いは如何ともしがたい。でもさっきのチェロのあとでは素直な表現に共感できます。
フォーレはおすすめです。そのうち「名盤」を紹介します。
さて本日の「コンクール用小品」というのは、名前からして初めての曲だが、いつもの遠いあこがれの世界に連れて行ってくれました。(こちらでメロディーを聴けます。宇佐美敦博さんというフルーティストのページです。)
テレビドラマの背景に流れるようだと思ったら、エンニオ・モリコーネ。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」が印象的ですが、1994年アメリカ映画「めぐり逢い」のテーマでした。

ドラマチックな?チェロでバッハの組曲が心配だったが、ドラマ仕立てしようとしても揺るぎもしない土台があって、音の強弱で表現を無理強いしても、やぐらが重ねられるように静かに音楽は進んでいく。
安心して聴いていると、今度は、落ち着いたサラバンドを伴奏に・・・鰮(いわし)のとむらい/するだろう・・・と朗読が重ねられる。
・・・そしていい子は羽が生え、/天使になって飛べるのよ。・・・
・・・この「明るさ」を地にまくの、/みんながお仕事できるよう。・・・
この薄幸の詩人に共感できないだけかもしれないが、バッハだけ聴かせてほしかった。
ああ、ドラマの好きな日本人。アナウンサーが「負けられない闘い」「守らなければならない約束」と聞いていて恥ずかしいサッカー中継。画面の動きを静かに見守った方がよく見えるのとおなじように、コンサートでは音楽の構造だけを楽しむだけではいけませんか。

しみじみとした観客のアンコールに応えて、エルガーの「愛のあいさつ」。

音楽と詩と愛と… 金子みすゞの世界 2005年
朗読 田村亮
チェロ 長谷川陽子
フルート 藤井香織
ピアノ 藤井裕子
構成 黒田恭一(音楽評論家)

2005年9月2日金曜日 18時30分開演
福島市音楽堂
★バッハ無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 BWV1013
アルマンド
(漁夫の子の唄)(濱の石)
コレンテ
(みんなを好きに)(芝草)(犬)
サラバンド
(林檎畑)
イギリスのブーレ
(誰がほんとを)(木)
★シューベルト 即興曲D899 第2番 変ホ長調
(大漁)(星とたんぽぽ)
★シューベルト 歌曲集「冬の旅」から
おやすみ
(転校生)(花屋の爺さん)
菩提樹
休憩
(玩具のない子が)
★カタロニア民謡 鳥のうた
(不思議)(わらい)
★サン=サーンス 白鳥
★ドビュッシー シリンクス
(このみち)(雲)
★フォーレ コンクール用小品
★モリコーネ めぐり逢い
(忘れた唄)
★バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWVlOO7
プレリュード
(美しい町)
アルマンド
(水と影)(草原の夜)
クーラント
サラバンド
(日の光)(つゆ)
メヌエット I、II ジーグ