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楽譜   演奏会見聞録

05年12月11日

姜建華 二胡リサイタル

二胡は膝の上に載せ弓で二本の弦をこするヴァイオリンと同族の楽器で、音はヴァイオリンより低くヴィオラぐらいの音をだす。
楊琴は数多い弦をスティックで叩いてさざ波のような音を鳴らす。ハンガリーのツィンバロンと遠い親戚のようだ。
琵琶といえば薩摩琵琶のように縦に構えバチで一撃入魂というイメージがあるが、こちらの琵琶はフラメンコギターの角度で構え、指に爪をつけ、マンドリンのように速い和音を同時にまたは少しずらしてアルペッジョで弾く。楽器はほとんど変わらないのに奏法がまるで違う。

2曲目の喜多郎の「絲綢之路」は原曲は瀟々と吹き渡る笛の音が記憶にある(シンセサイザーでしたが)。
ここでの二胡は民謡のような小節(こぶし)をきかせ、リズムを自由に変化させる。ショパンのピアノ曲の演奏で聴かれるテンポ・ルバート・・盗まれたテンポ・・音楽からテンポを奪っておいてあとで返す・・遅くしたり速くした分を直後に逆のテンポをとることで埋め合わせて、即興的にテンポを揺らしても形式感を保つ・・に似ている。
揺らし方はわがままに思えるほどなのに、3人のアンサンブルは少しも乱れない。この揺れが聴き手と波長があったとき、涙腺が刺激されることになるのかもしれない。香がたてられていることに気がつく。

「ラスト・エンペラー」の二胡をチェロ、琵琶をオブリガード(助奏)のヴァイオリン、琴を低音部を支えるピアノに置き換えと西洋のピアノ三重奏になる。それぞれが役割の中で自由に表現する合奏の基本は中国音楽の伝統でもあったのだろう。
耳になじんだ響きに、坂本龍一の演奏では姜建華が二胡を演奏していたことを思い出す。あのころ坂本龍一は私のアイドルでした。

「紅河春天」、楊琴の独奏ではチェンバロが同族だとわからせてくれる。響きはもっと繊細で、余韻がこもり、夢見ごこち・・・中国3千年!
3部構成の音楽は起・承・転&結、ドイツ音楽のような論理の発展というのではなく、自由な組曲の成り立ちで、リュリやクープランからラヴェルにいたるフランス音楽の歴史を思い出させてくれた。

二胡の独奏で「二泉映月」。パンフレットに「旧社会の辛酸を舐め尽くし恵まれぬ一生を過ごした」大道芸人が作曲したとあった。抑えた心情がしみじみと聞き手に訴える。
細かい音の揺れが安定して紡がれていくのが技巧の正確さなのだろう。
指揮者小澤征爾がこの曲に涙を流したエピソードが紹介された。人の心との共感の強さと、その強さを感情の上では抑えながら響きの柔らかさで包み込む小澤征爾の音楽を思い出していた。

京劇「覇王別姫」の劇中音楽「夜深沈」でミャオーと鳴く京胡が演奏された。
「さらば、わが愛/覇王別姫」の張國榮=レスリー・チャンが亡くなったのはもうおととしのこと。「新上海灘(上海グランド)」「春光乍洩(ブエノスアイレス)」おすすめです。

休憩後最初の曲は「十面埋伏」。劉邦と項羽の闘いを音楽にしたもの。
(金城武出演「LOVERS 十面埋伏」はおすすめしません。楚漢の争いも関係ありません。)
琵琶の名人芸。日本の琵琶にはフレット(指押さえ板)が4つだが中国の琵琶は半音ごとにフレットがあり、時代に合わせて増えてきたそうだ。日本の琵琶はバチで叩くか、こするかで、弾音や擦過音が多く、ほとんどリズム楽器となっているが、今夜の中国琵琶は多彩なメロディを歌っている。
中国の現代史で伝統音楽の立場が揺れ動いたのに琵琶の演奏法の開拓が続けられてきたことと、いまだに平家物語の伴奏として「精神的な」ものを追求している日本の琵琶と、彼此の文化のあり方に思いを馳せてしまった。「合理」「開明」がはやされたのはもう百数十年前のことか。

このあとは、愛唱曲を素材にそれぞれが技巧を凝らす演奏が続いた。
最後のモンティの「チャールダッシュ」はロマ(いまは「ジプシー」という言葉は使いません。)の音楽、弦の上で指をすべらせるスラーを多用し、民族の運命を嘆くかのような情緒たっぷりの演奏。彼の共和国には遊牧の民も参加しているのだった。イタリアのマンドリンのような琵琶に乗せて二胡が弾くのはハンガリア舞曲のヴァイオリンだと考えていたら、アンコールにはブラームスの「ハンガリア舞曲第5番」を演奏してくれた。

芸術を大衆に開放する、というのが中国の国策だった。いまもそうなのだろうか。プログラムの考え方はそういうこと?

姜建華 二胡リサイタル
12月11日日曜日18時開演
福島市音楽堂大ホール

姜建華(ジャン・ジェン・ホワ)二胡
楊宝元(ヤン・パオ・ユエン)中国琵琶
郭敏(グォミン)楊琴

花好月圓(任光)合奏
シルクロードより絲綢之路(喜多郎)合奏
ラスト・エンペラー テーマ(坂本龍一)合奏
紅河春天(李航涛)楊琴
空山鳥語(劉天華)二胡
二泉映月(華彦鈞)二胡・楊琴
競馬(黄海懐)合奏
夜深沈(京劇音楽)京胡
十面埋伏(楊大鈞)琵琶
日本の歌 合奏
 荒城の月(滝廉太郎)
 夕焼け小焼け、虫の声(文部省唱歌)
 花(喜納昌吉)
 村祭り(南能衛)
蘇州夜曲(服部良一)合奏
夜来香(黎錦光)合奏
チャールダッシュ(ヴィットリオ・モンティ)合奏