小倉寺村ロゴ


楽譜   演奏会見聞録

19年4月28日

長谷川弘樹

ファリャ:Jota
ダンスのステップのピアノ、足踏みでリズムを刻むようなチェロ、ギターが聞こえてカスタネットが聞こえて。くぐもった声でチェロが遠くを眺める、なつかしい風景。回想のメロディ。
元は歌曲。恋人ができた男の心持ち、みんなに知ってもらいたいような気持ちもあるし、恋人の母親にはまだ話してないから窓辺で声をかけるだけ、帰るのはさみしいような、ふがいない自分に照れてくすぐったいような。
Jota ホタは北東部アラゴン地方の民謡・舞踊、速い三拍子と辞書にありました。

フランク:天使のパン Panis angelicus
幼児のように清純でやさしいメロディがピアノに、子守唄のようなチェロ、静かに語りかける。元は歌曲。天から遣わされた救世主の身がパンに喩えられ、人々のからだの中に血肉となって染み入っていくことへの感謝、ということでしょうか。19世紀、音楽の世界は華やかな時代のように思いますが、反対の方を向いている、深いところでじっと見つめている、ということかな。

フランク:ソナタ
ヴァイオリン・ソナタ イ長調 FWV 8として知られている曲のチェロとピアノ用編曲です。
第1楽章、おだやかな響きのチェロにピアノの分散和音が蝶々のようにまといつきます。夢でも見ているようです。遠いものに憧れてほかは見えません。ピアノは思いをていねいにすくい上げるようにチェロに寄り添います。終わりに近く高潮するのかというところもすぐまた夢のなかに、二度寝ということでしょうか。
第2楽章、激情の中でひたすら沈潜、自省。嵐の中ですっくと立つダヴィデ。波、逆巻く波、のピアノ。前の楽章よりは声が大きくなりそうなところもありますが、それでもやっぱり気持ちを抑えているようです。
第3楽章、地下牢? 繰り言でしょうか、口に出してもしょうがないんだけれど、というところでしょうか。うめき声のようにも聞こえます。ゆっくりゆっくりとチェロは声をつないでいきます。かすかに射してくる光の方へ、自分を確かめながら高みに登っていく。いつの間にか広い明るいところに来ています。
第4楽章、この旋律ではいつもブラームスを思ってしまいます。長調の開けたところで声を合わせるような、友情のような感じかな。通い合った心を表現しているのかなと思います。
一度ずつの音程の変化、跳躍がないことでおだやか、と奏者が演奏前に説明していましたが、たしかに跳躍音は出て来ず、少しずつ微妙な音程の高下がごくわずかあるだけ。細やかな目で丁寧に編んである織物のようです。
出だしをピアノに弾かせてこれが「恋のメロディ」、心の迷いのような出だし、年上のこわい奥さんがいた、歳若い女性を思うことがどれだけこわいことか、という説明が演奏前にあったのですが、あの話はいったい何だったんだろう。この神々しいまでの高み、または深み、に物語はいらないのでした。解説を超えたところで音楽は昇華していったようでした。

アンコールにドビュッシー「月の光」が演奏されました。

フランクのチェロ・ソナタイ長調とあって出かけていきました。原曲のヴァイオリン・ソナタは鬼気迫るという記憶があって、前夜ティボーとコルトーで予習、人間らしいおだやかな曲と。チェリストの人柄もあるのか、あたたかいぬくもりの感じられる愛の曲であった。不勉強な聴き手ですね。一、二度聴いてそれで印象が定まってしまうことの怖さ、ということでしょうか。

2019年4月28日日曜日14時開演
アオウゼ 多目的ホール
長谷川弘樹 チェロリサイタル
〜dialog to music 愛のソナタ〜

チェロ:長谷川弘樹
ピアノ:根本七恵

ファリャ:Jota 7つのスペイン民謡組曲より
フランク:天使のパン Panis Angelicus
フランク:チェロ・ソナタ イ長調(原曲 ヴァイオリン・ソナタ)