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楽譜   演奏会見聞録

10年6月12日

エマーソン弦楽四重奏団

録音がたくさん発売されている団体という知識だけで出かけました。弦楽四重奏に飢えていたのでしょう。プログラムも勉強していませんでした。ドヴォルザーク! ヤナーチェク!! 前にこのホールでドヴォルザークを聴いたのはいつのことだったろう。

ドヴォルザークの作品105は前の週にラジオで聴いたばかり。
第1楽章のもやの中から現れるような主題やチェロから順番に歌い出される主題、ほっとするような音の組み立てがていねいに展開される。第2楽章のはつらつとした伝承舞曲やヴァイオリンとチェロの歌い交わし。第3楽章の希望に満ちた歌や心慰めるロマンティックな旋律。第4楽章のゆっくりと積み上げられた展開の上で自然に燃え上がっていく快感。この作曲家らしい清潔なロマン(?)、人々への優しいまなざし、肌の温かさ、懐かしさで親密に編み上げられた曲だった。
今日は同じ曲なのに表情がだいぶ違っている。アンサンブルの成り立ちそのものが違うようだ。4人がそれぞれソリストとして強く豊かな音で歌を歌っていく、音が重なるときは重唱のようにといえばよいか、自分を打ち出したうえで、調和ができていく、この楽団の個性はそういうものであるようだ。この団体を聴くと、これまで聴いたカルテットの響きは舞台の高さ1メートルのところで漂っていただけ・・と思わせてしまう。第1ヴァイオリンを歌手にたとえて歌手に寄り添う伴奏といえばよいか、みんなが同じ声質で表情をあわせる(日本の)合唱というか、そういう合奏のあり方とは違った、名人芸で成り立つアンサンブルのようだ。4人の体の全身から音楽が放射されるように感じた。

ヤナーチェクの四重奏曲第1番。ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」の共演をきっかけに貴族の妻がヴァイオリニストと恋に落ち、夫に刺し殺されるというトルストイの小説に共感したヤナーチェクが、人妻と恋愛中の自分の境遇を重ね合わせた、というようなことらしく、「人妻との愛」「刺し殺す」などと週刊誌の見出しのような言葉がプログラムに並んでいた。
しかし、ステージで響いているのは、去年テレビで見たオペラ「利口な女狐の物語」の人なつっこさが見えるような、野原や里での人間たちの純朴な対話であり、わたしにとってはほっとする演奏だった。この作曲家の作品には、どれにも自然の中の人の息吹が色濃く表れているのに、なぜか解説者たちはそのことに触れず、深刻な物語にしてしまう。
エマーソンの諸氏はそれぞれのパートをくっきりと際だたせ、肉声のような暖かさで演奏してくれていた。もっとヤナーチェクを聴きませんか? と聞こえてきました。成長でもなく、萎縮でもない。身の回りの景色をいつも新鮮に見て、のりをこえず(矩ヲ踰エズ)、楽しんでいる。成長でもなく、萎縮でもない。「持続可能な社会」という言葉を思い出していました。

ここまでたっぷり1時間。休憩のあとはおなじみの「アメリカ」四重奏曲。音楽の聴き始めのころ、新世界交響曲とともにこの曲でドヴォルザークに親しみました。
鳥のさえずりの分散音の中から、チェロがゆったりと歌い出す第1楽章、それぞれの楽器に歌い継がれる。近所のおばさんのような親しみやすさ。ダンス(片足をあげては跳ね踊るフォークダンス、今の小学生は知らないでしょう)の跳ねるリズムが混じって展開される。4人が協奏曲のソリストのように際だった音で歌い、響きはくっきり分離して、目の前で見ているよう(? 確かに目の前で見ているのでこの表現は変なのですが、弦楽四重奏で誰がどの響きを出しているかはっきりわかるのがわたしには珍しかったのです。)
第2楽章、レント(ゆっくりと)。6つ刻みの揺らぐ音に乗ってヴァイオリンが歌う歌は、木曾の風景(見たことはありませんが)が浮かんできます。いや、ここはボヘミアですが、きっと野山に響き渡る歌上手の声なのです。
第3楽章も6つ刻みのリズム。第2楽章は8分の6拍子、第2楽章は4分の3拍子ということのようです。ここでもダンスのリズムが、いろんな種類の踊りを見せてくれます。4人それぞれの響きは鳥の鳴きかわしのようです。
第4楽章も跳ねるリズムの入った(シンコペーションと言ったでしょうか)ダスが心地よく響きます。のびやかに唄って踊る、まるで秋祭り。今では映画でしか見ることができませんが。
この曲が人気があるのはなるほどと思います。ボヘミアの人の喜びが、アメリカの人の喜びとなり、日本へと広がる。共通の郷愁。
ひらひらするスカート。ダンスが盛り上がり、熱を帯びて、4人のショーが終わった。

この団体は、チェロ以外の3人が立って演奏します。見た目でものをいうようですが、協奏曲のソリストのように4人全員がそれぞれ、(ここぞとばかり?)自分の個性的な音を響かせます。
椅子が並んでいるときは、音が頭上でブレンドされて情報に浮き上がり消えていきますが、立ち位置だと、それぞれの音が舞台から客席に向かって直接放射されるようなのです。ただし、その迫力と引き替えに、ドヴォルザークの日なたくささや夜の陰といった「雰囲気」のたぐいは表に出ず喜びや気持ちよさが押し出されてきます。
プログラムの構成は、前半でいろいろ考えさせて、最後は感情を開放してくれるという奉仕の精神に基づくようです。
演奏会は楽しむもの・・という、合理的・楽天的な思想が表現されたようでした。

アンコールは、ドヴォルザーク「糸杉」、バッハ(モーツァルト編曲)フーガト長調と案内がありました。

2010年6月12日土曜日14時開演
エマーソン弦楽四重奏団
福島市音楽堂
ヴァイオリン:ユージン・ドラッカー フィリップ・セッツァー
ヴィオラ:ローレンス・ダットン
チェロ:デイヴィッド・フィンケル

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調 作品105 B.193
 第1ヴァイオリン - フィリップ・セッツァー
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」
 第1ヴァイオリン - ユージン・ドラッカー
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調 作品96 B.1
 第1ヴァイオリン - ユージン・ドラッカー