小倉寺村ロゴ


楽譜   演奏会見聞録

11年1月29日

バッハ・コレギウム・ジャパン

バッハのカンタータを聴く機会はなかなかありませんし、有名な演奏団体ということもあって出かけました。
楽員が登場して、思いもかけぬ幸運に恵まれたことを知りました。ヴァイオリン奏者が寺神戸亮氏だったからです。見ればチラシにも当日のパンフレットにも写真入りで載っているのに気がつかなかったという次第です。
シギスヴァルト・クイケンに師事し、バロックヴァイオリンの第一人者として、録音も多数、うちにも何枚もお気に入りの CD があるというのに。指揮者=チェンバロ奏者とチェロ奏者は言わずもがな、実演は初めてですが、録音では何度もというおなじみです。

さて、バッハ・コレギウム・ジャパンの本日の編成は、各パートひとりずつという最小編成。コーヒー・カンタータでは左から、第1、第2のヴァイオリン、ヴィオラ、ヴィオローネ、チェロ、フラウト・トラヴェルソ、中央にチェンバロ、と器楽人は7名のみです。「バッハ家の音楽会」と名付けたのは編成のこともあるのでしょうか。
チェロとチェンバロ以外は立って演奏します。(シギスヴァルト・クイケンの演奏会もそうでした。)舞台上手にはテーブルの上にコーヒーポットとカップ、こちらにバス、ソプラノが腰掛け、テノールの登場を待つことになります。

おどろおどろしい通奏低音の序奏、客席から駆け上がるテノール。「おしゃべりはやめて、お静かに、いまから始まることの次第を、ようくお聞きあれ。」(パンフレットにはマタイ受難曲の研究で知られる杉山好氏のわかりやすい歌詞対訳が載っています。)
音が浮遊するような奇妙な感覚を味わいました。縦の小節線というか、音符の刻みがくっきりとせず、流れ(たゆたい)が心に残るのです。リズムの推進力というよりは、寄せる波のような深いうねりを感じます。どうやらチェロの深い響きとヴィオローネの共鳴の効果のようです。

「千のキッスよりなお甘く、マスカット・ワインよりなおソフトなの。」とコーヒーの魅力を熱く語るソプラノに、フラウト・トラヴェルソの響きが溶けあいます。
「ああ、すてきなハズバンド! ほんとうに、これで私も世間に胸が張れます。」と結婚へのあこがれを歌うソプラノのかげでふっくらとしたヴァイオリンの響きが聞こえます。ひとつのつながりを小さい音で弾き始め、伸びていくにしたがって音量が増し、音の終わりに向けて音が小さくなっていく、というバロック・ヴァイオリンの奏法の効果のようです。馥郁と香るような美しさです。

トリオ・ソナタは4人による演奏です。左からヴァイオリン、フラウト・トラヴェルソ、チェロ、中央にチェンバロ。
ラルゴ楽章。それぞれの音の出だしが耳につかず、抛物線のようにふくらんではしぼんでいきます。足湯というのはこんな感じでしょうか。ヴァイオリン主導にならないのは、奏者たちが音を聴きあって、寄り添うように演奏するからのようです。
アレグロ楽章。編み目をはっきりさせることより織物の肌ざわり、仕上げに目を向けているようです。縦線を強調しないのは機械編みのような平べったさを避けているのでしょうか。
アンダンテ楽章。ヴァイオリンとフラウト・トラヴェルソのふたつの線がとけ込んでいくのは、古楽器ならではの倍音の多さで、響きが重なるせいでしょう。
最終楽章、アレグロ。上昇線、下降線の幾何学のような絡み。混然とした中に法則のようなものが感じられます。数の不思議。不得意科目ですが、こういう数学であれば楽しめそうです。

カンタータ51番では、前半のカンタータでフラウト・トラヴェルソがいた位置にトランペットが立ちます。声楽はソプラノのひとりだけです。
奏者のマドゥフは左手を腰にあて、右手だけですべてコントロールします。トリルまで! どういう技術なのか想像もつきませんが、圧倒的な効果です。合いの手に入るヴァイオリンも妙技の連続です。残念ながらチェンバロの音は、難聴気味の耳にはところどころしか聞こえません。
レチタチーヴォ「たとえ、その奇蹟を語るには、ろれつの回らぬか弱い言葉であっても、そのつたない賛美は、きっと御心に適うでしょう。」から続くアリア「この感謝の思いが信仰に満ちた生活によって証しします、私たちがあなたの子供であることを。」(いずれも鈴木雅明訳)にかけて、チェロの熱が上がります。音を刻むというより、うねる、そんな印象です。
このグループではヴァイオリンは合奏を先導しません。通奏低音の波に乗って浮遊するようです。コラールでは堅い歌詞のソプラノの後ろで、2本のヴァイオリンが蝶々のように寄り添って飛んでいくようでした。

寺神戸氏のヴァイオリンをもっと聴きたかったのですが、アンコールはありませんでした。バッハを演奏会で聴いたのはほんとうに久しぶり。楽しい時間を過ごすことができました。

バッハ・コレギウム・ジャパン「バッハ家の音楽会」
2011年1月29日土曜日14時開演 福島市音楽堂大ホール

指揮・チェンバロ: 鈴木雅明
ヴァイオリン: 寺神戸亮、若松夏美
ヴィオラ: 成田寛
チェロ: 鈴木秀美
ヴィオローネ: 西澤誠治
フラウト・トラヴェルソ: 菅きよみ
トランペット: ジャン=フランソワ・マドゥフ
ソプラノ: 松井亜希
テノール: 藤井雄介
バス: 浦野智行

プログラム
J.S.バッハ コーヒーカンタータ「おしゃべりはやめて、お静かに」BWV211
J.S.バッハ 「音楽の捧げもの」BWV1079より トリオ・ソナタ
J.S.バッハ カンタータ第51番「すべての国よ、神を誉め讃えよ」BWV51