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楽譜   演奏会見聞録

19年7月20日

ぞうのババール

本日の読み手、柳家花緑師匠が登場。
展覧会でご婦人が、わたしこれ知ってるわ、ピカソでしょ、鏡でございます、とかマクラ咄のあとで、高橋アキさん登場。

ジムノペディ1番。この曲を最初に聴いたのは Blood, Sweat & Tears 血と汗と涙、ニュー・ロック!の時代、楽団名と同名のアルバムの冒頭にギターとフルートの二重奏で収録されていました。
アルカイック、と言うんでしょうか。いにしえのギリシャを夢見るような、学生運動の時代のあとの空虚な世の中の雰囲気、1960年代の終わりという時期でした。この響きでずいぶん時間を過ごしたものです。
さて時代はいま、ピアノ独奏。今回のピアノは海の底のような不思議な広がり。揺らぎを感じたのですが、響きが揺らいでいるわけではありません。光線が揺らいでいるというような印象なのです。
胎内というのはこんな感じなのでしょうか。子どもさんたちも静かに聴いていましたよ。

二曲めは間宮芳生「家が生きていたころ」。高橋アキさんの弾き語り。エスキモーの口承詩を英訳したものを金関寿夫が日本語にした、と説明がありました。詩を読みながらピアノを弾くというもの。配布資料には説明がなくお話はあまりよく聞き取れませんでした。ピアノの音はよく聴こえましたが。
あれこの音プーランク?と思うような、響きのよい音数の少ないピアノが話につれて大きな像を描きます。舞台いっぱいに広がる響き。このホールは音が上に抜けるのではなく、面の広い塊となって押し寄せるようです。
…家が止まった時、家の中の人たちは、灯油を切らしていることを思い出した。そこで彼らは、いま降り積ったばかりの柔かい雪をすくって、ランプの中に入れた。するとなんとその雪は、燃えはじめた…(この部分は金関寿夫「アメリカ・インディアンの口承詩」によって確かめました)。高い音はピアノを細工したのかと思うようなしゃりしゃりした音が混じりますが、ほかの演奏会では聞けない音でした。
この光景を見た男が、雪が燃えるんだぞ、と口にした途端に火が消えてしまう、そこでピアノの音もすっと消えます。
雪の多い会津とかで囲炉裏端で年寄りがこんな話をしていたかもしれませんね。

さて、ぞうのババール。ピアノは舞台下手に移動、読み手のための椅子は上手に、絵本の画像が中央に映し出されるという仕掛け。
もとはジャン・ド・ブリュノフ作の絵本で、こちらでは矢川澄子の翻訳で楽しまれています。オレンジ色の背景に鼻で帽子を取った象が歩いている表紙、のです。
狩人の鉄砲で母親を撃たれた小象ババールが街に迷い込みます。ぞうの気持ちがわかるおばあさんに出会い、デパートで服を誂えたり、なに不自由ない暮らしをします。二年経って街で従兄弟たちに出会い、くにに帰ることにします。毒キノコを食べて亡くなった王様の次の王様に選ばれて、王妃を迎え結婚式と戴冠式が行われる。
こんな筋です。
ゆりかごのババールを寝かしつける母象の子守唄。静かにゆりかごが揺れて最後のチョンっという音で絵本の赤い鳥がアップになりました。
悪い狩人に撃たれる前にはいかにも危機が訪れそうな不安な響きです。
おばあさんと出会ってほっとしたのでしょうか、たっぷりとした響きの曲になり気持ちを広げてくれます。
ババールがエレヴェーターで何度も上り下りをして、お客様、エレヴェーターはおもちゃではございません、と店員に言われるところがどうにもおかしくて、これは原作のお手柄です。
このあとふわふわとした楽しい音楽になるのですが、ここは毎朝体操してお風呂に入るところのようです。
象の国を思い出すところの寂しい曲。いとことの再会、喫茶店でケーキを食べるワルツ。おばあさんとの別れの情感。
ババールの戴冠式を知らせる小鳥たちのところではピアノの高音にしゃりしゃりという光るような色が見えます。間宮芳生にもこの音は使われていました。ピアノに細工でもしてあったでしょうか。
戴冠式の音楽はまるでチャイコフスキーの協奏曲でも聞いているような壮大な響きでした。

こちらの目当ては高橋アキによるプーランク、1989年の忌野清志郎とのCD以来。あのころはプーランクのことは何も知らずにお話を聴いていた次第。
プーランクの気の利いた、楽しさも悲しさもたっぷりと浸み出してくる響きを、ピアニストは十分に表現していたようです。幸福に誘ってくれる音楽、満足しました。ところで三十年前のCDはどこにしまい込んだもんやら。

観客の拍手もすぐ終わりアンコールはありませんでした。サティの曲集はたいてい最後が "Je te veux きみが欲しい" だよな、と実は期待していたのですが。「厳選されたお客様」と花緑師が、というほどの入場者でした。音楽愛好家にはあまり知られていなかった様子。それともプーランクだからと聴きにくる人がいないのかしら。交響楽団がロマン派の交響曲を演奏すると大ホールが満員になるのにね。

2019年7月20日土曜日14時開演
いわき芸術文化交流館アリオス 小劇場
小さなお客様のためのアフタヌーンコンサート
音楽物語 ぞうのババール〜ピアノと朗読と映像で贈る〜

高橋アキ ピアノ
柳家花緑 語り

サティ ジムノペディ第1番
間宮芳生 家が生きていたころ
プーランク 音楽物語 ぞうのババール