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楽譜   演奏会見聞録

17年3月12日

クワテュール・ディゼール

ハイドンだからかちっとしたメトロノームのようなリズムを予想したら全然。最初のアレグロから、ゆっくりたっぷり音を広げて、スカートのフレアがふくらむような、開花を高速度撮影したような。伸び縮みの感覚、どっかで聴いたことがあるが思い出せない。やっぱりハイドンの、どのCDだったか。きざむところはきざんでいました、ハイドン。
第二楽章ポコ・アダジオでもたっぷりふくらませている。テンポ・ルバートというのか、音符の単位が長かったり短かったり、貸し借りがある。それぞれの音の響かせる必要に応じて伸び縮みするようだ。伸び縮みを意識しているのではなく、響かせることを意識しているのかしら。これって民族音楽とか端唄とか、伝統的に培われてきたことではないか、などとも。音符の間隔が均等でないと、どこへ行っちまうんだろう、そう、次元のはざまの皇帝讃歌。
メヌエット。リズムのきざみが心地いいのは自由だから。角を曲がると発見がある街。気泡が均等な工場パンと違う低温発酵の穴ぼこパン。噛むのが楽しい。幻想のワルツ、ラヴェルのラ・ヴァルスを思い出した。こちらは夢の中のメヌエット。
フィナーレはプレスト。太い筆で油絵具をぐいぐいと伸ばす。

ウェーベルン。チラシのなかでここだけ大きい活字で、いやそんなはずはない、これに目が惹きつけられて出かけてきたわけで。乱反射する細い光が小さい宇宙みたいな、というのがこの作曲家の予備知識。豈図らんや、この曲は、小説みたいな作りの、シェーンベルクの「期待」みたいな、浪漫ティックなあこがれ、という世界でした。
花というより、星、星雲、どこか見えない力に引き寄せられるような。浮遊するというより、真空の中で音もなく落ちて行くというか昇って行くというか。
この曲で本日初めてピツィカートが使われました、たしか。印象的でした。チェロの太い音が墨の太い線に、と気がついたら、四人全員が太い線を描いていた。
ベルクのヴァイオリン協奏曲を知っていますか。あの曲を光の方向にちょっと引き寄せるとこの曲のある場所にくるのではないかしら。ウェーベルンの曲だから一、二分ぐらいかと思っていたら、十分ぐらいはたっぷりあったような。いい曲ですから是非聴いてほしいなあ。

ピアソラ。くせがあるようなとっつきにくい分野の音楽でも、弦楽四重奏に編曲されると新鮮な息吹を感じることがある。(ジミ・ヘンドリクス「紫のけむり」のクロノス・カルテットを思い出しています。)普段ならちょっと気後れする分野ですが、音色に惹きつけられました。シンバルの高い音がしてこれは弦の擦過音、手持ち太鼓の音がしてこれは胴を叩く音。タンゴの跳ねが颯爽として、一分ぐらいだったでしょうか、宴の終わり。

さてドヴォルザーク。肉屋の息子でしたね。親近感があります。いまは近くのお店やさんというのがありませんからね。小間切れとかコロッケとか、お使いの記憶があるのは年配の方ですね。
アレグロ・マ・ノン・トロッポ、カチッとした実直からぼんやりとした幻想まで、楽しめる曲だし、心がゆっくり広がって行くようなたっぷりした演奏です。人の考えはいろいろ、よくみんな一緒に暮らしていけるもの。音楽のふところは深いものだと思います。この人たちは空気を読んでゆるゆると連れ添っているのではなくて、それぞれの美しい音が交叉し重なったり解けたりして行くことがアンサンブルだと思っている、いわばソリストの協調。組体操というのと遠いところ。あそこでは全体主義、誰も知らず知らずのうちに凝り固まって。
第二楽章レント、アメリカの手つかずの大地というか、ボヘミアの落ち着いた草原というか、なつかしい響きです。チェロのたっぷりとした響きに身を任せていました。
第三楽章モルト・ヴィヴァーチェ、活気にはあふれていますが逡巡するように激したり静まったりする音形が続きます。終わり近く決断するときがやってきますが、その寸前の星屑が散乱するようなところが好きです。ここでもウェーベルンのときのような見えない力を感じました。
最終楽章ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ。浮き立つようなリズムの生気と子守唄のようなやさしい歌と、行ったり来たり。
決然と静謐との区切りがついて盛り上がるところはフルトヴェングラーのよう。クレッシェンドとデクレッシェンド、コバケンの第八交響曲みたい、演奏会の炎のフィナーレ。

アンコールはハイドン、皇帝四重奏曲のメヌエット。
会場は天井の高い美術館の玄関ホール。楽器の音が一度高いところに登っておりてくるということか、耳あてをして聴いているようにも思った。音の始まりと終わりがはっきりしない響きだったが、身振りの大きい演奏がそれを補って、広がりのある大きな恰幅の音楽を作っていたようだ。耳に福、たっぷりお腹にたまる音楽を聴かせていただいた。
クワテュール・ディゼール Quatuor Disert は仙台フィルハーモニー管弦楽団の楽団員からなる四重奏団。辞書を引くと「能弁な四重奏団」ということのようです。それで「おしゃべりな弦楽四重奏」か。

2017年3月12日日曜日14時開演
福島県立美術館 エントランスホール
クワテュール・ディゼール演奏会

クワテュール・ディゼール Quatuor Disert
ヴァイオリン 神谷未穂
ヴァイオリン 小池まどか
ヴィオラ 清水暁子
チェロ 八島珠子

ハイドン 弦楽四重奏曲 第77番「皇帝」
ウェーベルン 弦楽四重奏のための緩徐楽章
ピアソラ フォー・フォー・タンゴ
ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲 第12番「アメリカ」